行動治療の現場には、合わないトレーナーさんによる訓練によって問題行動が悪化した、という相談が意外と多いのです。私もまだ専門的な知識がない頃、飼っていたラブラドールを訓練所に預けて辛い思いをさせてしまったことがあります。そこで今回はよいトレーナーさんの選び方について、解説したいと思います。

訓練としつけの違い

災害救助犬や麻薬探知犬、警察犬などは、その犬がもつ能力や特性を活かして特定の仕事をさせるため、特殊な「訓練」を行います。確実に仕事をこなすことが求められるため、それぞれの分野で専門家として「訓練士」が存在します。いかなる場面においても、冷静に訓練士の指示に従うことが求められるので、訓練士と犬の間の関係性がより重要となります。一方、一般的な家庭でくらす犬の「しつけ」では、全く異なることが求められています。家庭犬に求められることは主に以下の3つ

 

① 飼い主と犬との間に適切な関係を築くこと

② 人間社会で暮らしていくためのマナーを身につけさせること

③ 見知らぬ人や見知らぬ犬などに出会っても平和的かつ友好的であること

 

この3つのことがきちんとできれば、人間社会の中で問題なく過ごせることができるでしょう。特殊なスキルを身につけさせるのではなく、社会にうまく適応するためのマナーを教えてあげることが、家庭犬には必要なのです。

 

服従関係は逆効果になる可能性も

犬のしつけと言えば「犬を服従させることで誰がリーダーであるかをわからせる」という服従訓練を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。しかしこの考えは現在の行動学分野において、ほとんど意味がないとされています。犬から見たときの飼い主が「支配者」や「絶対者」である必要は全くありません。

犬に恐怖を植え付けて無理やり従わせようとすると、それが問題行動を引き起こすきっかけになることもある

からです。それよりも良い関係を築いて、犬から信頼されるようになった方が問題行動の予防にもありますし、何より健全ですよね。犬は人間の子どもと同じ様に、人間社会のルールやマナーを初めから全て知っているわけではありません。そのため飼い主さんは、犬が人間社会で生きていくためのルールやマナーを教えてあげて、正しい方向に導く必要があります。「支配者」ではなく、「保護者」や「親」に近い立場になるわけです。

 

適切なトレーナーさんを選んで

 

犬をしつけるためのトレーニング方法には様々なものがあります。自己流や不確かなネットの情報をもとにトレーニングをするよりも、専門家であるトレーナーさんにきちんとした方法を教えてもらったほうがいいです。とはいえ、世の中にはたくさんのトレーナーさんがいるので、どんなトレーナーさんを選べばいいのかわからない方も多いと思います。トレーナーさんを選ぶ時には、必ずどのようなトレーニング方法をしているのか、確認してからお願いするようにしましょう。

飼い主だけでなく、他人にとっても不快ととられない方法

こんなトレーナーさんは絶対に選ばないこと!

最近は少なくなってきましたが、今でもリードを強く引いたり、叩いたり、チョークチェーン(犬の首を絞める鎖)を使うなどの体罰を与えて服従させようとするトレーナーさんがいます。体罰まではいかなくても、大きな声で怒鳴ったり、大きな音で脅したり、犬に精神的な苦痛を与えて従えようとするトレーナーさんもいます。このようなトレーニングがきっかけで、人間に対して極度の恐怖を感じるようになってしまったり、ちょっとした音にものすごく敏感な子になってしまうケースも多いです。一度根付いた恐怖意識をなくすことは非常に難しいので、初めからこういうトレーニングをするトレーナーさんは絶対に選ばないようにしましょう。

犬になぜ怒っているのかを伝えるのは難しい

犬は言葉でコミュニケーションを取る生き物ではありません。そのため、人間が何に対して怒っているのかを理解させることは非常に難しいのです。例えば、犬がトイレを失敗したときに怒るとどうなるでしょうか?犬はトイレを失敗したことではなく、排泄をしたこと自体を怒られたと思ってしまいます。そうするとトイレを我慢したり、飼い主さんの目が届かない場所で隠れてしたり、自分のウンチを食べる「食糞」に発展するようになってしまうのです。下手に罰を与えたりすることで、他にも色々な問題に発展するケースはたくさんあります。「愛犬に罰を与えることのリスクとは」で詳しく紹介しているので、興味がある方はそちらも読んでみてくださいね。

こんなトレーナーさんを選んで

褒めて伸ばす「正の強化」

犬の好ましい行動を褒めてあげることで、好ましい行動を増やしていく方法を「正の強化」と言います。先ほどのトイレの例でお話しすると、正しい場所でトイレができたら褒めてあげる、というのが正の強化です。犬は飼い主さんに褒められるのが大好きなので、トレーニングも楽しみながらがんばってくれるでしょう。必ず正の強化でトレーニングしている教室を選んでください。

飼い主さんも一緒にトレーニングを

トレーナーさんによるトレーニングは、大きく分けて2つあります。1つはトレーナーさんに犬を一定期間預かってもらって、トレーナーさんがトレーニングを行うというもの。もう1つは、飼い主さんが犬と一緒に教室に通ったり、トレーナーさんが自宅に来てもらったりして、飼い主さんがやり方を教わりながらトレーニングを行うというものです。しつけの一番の目的は、オスワリやフセができるように訓練することではありません。飼い主と犬との間に適切な関係を築くこと、つまり絆を構築するためのものですので、ぜひ後者の飼い主さんと犬が一緒にトレーニングできる方法を選んでいただきたいと思います。

犬にも飼い主にもわかりやすい方法

犬にとっても、またしつけを行う飼い主にとってもわかりやすい方法でなければ、しつけることもできないし、継続することもできません。

家族全員ができる方法

高齢者にはできない、子供にはできない、小柄な女の人にはできない、というような方法ではなく、できる限り家族全員がしつけに参加することが望ましいですね。

 

犬は昔から人間の良きパートナーでした。人間の言うことをなんでも聞く従順さが愛されたのではなく、飼い主さんと信頼関係を築くことができるため愛されてきたのです。飼い主さんが正しく導いてあげることで、きっと最高のパートナーになってくれるでしょう。ぜひ、犬にとって苦痛のないトレーニングを選んであげてくださいね。

 

 

犬の攻撃行動についてのコラム

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<犬のしつけ>

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★うちの子の長生きのために、気になる病気について簡単に調べることができる、「うちの子おうちの医療事典」もご活用ください。

 

 

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菊池 亜都子
東京大学附属動物医療センター 行動診療科

菊池 亜都子

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