吠える犬

前回のコラム『犬が威嚇をしてくるのはなぜ?【獣医師が解説】』では、犬の攻撃行動の概要についてお伝えし、攻撃行動を動機づけによって分類しました。今回からは、分類された各攻撃行動について、例をあげながらわかりやすく説明したいと思います。

その前に一点だけお断りさせてください。

今回の攻撃行動を含め、問題行動の治療法につきましては、ここでは触れない予定です。というのは、実際の攻撃行動の背景は、それぞれのケースで大きく異なります。一つの診断名がつけられることは珍しく、複数の診断が下されることがほとんどです。したがって、当然のことながら治療法もケースごとに異なります。行動治療やしつけは、飼い主さん自身が行うことがメインとなるため、本やインターネットの情報だけで自己判断して実践してしまいがちですが、思わぬ悪影響をもたらす可能性もあります。このような理由から、治療法を提示することは控えさせていただいております。あくまでも、問題行動の概要を理解していただくことを目的にしております。攻撃行動に限らず、問題行動に悩んでいる方は、専門の獣医師やトレーナーにご相談ください。

 “自己主張性攻撃行動”とは?

自己主張性攻撃行動は、飼い主やその家族に対して見られる攻撃行動です。以前は、飼い主に対する攻撃は、優位性攻撃行動、支配性攻撃行動、α症候群(αシンドローム)などと呼ばれていました。これは、人間の家族のメンバーとして飼われている犬が、家族という群れの中で自分が優位にあると認識し、自分よりも順位が低い飼い主やその家族に対して攻撃すると考えられていたからです。足拭きやブラッシングをしたり、寝ている場所から移動させようとしたり、おもちゃを取り上げようとしたときに、嚙まれたり威嚇されるといったことがよく見られる例としてあげられています。

しかし、この優位性や支配性による攻撃行動に関しては、異なる考えも示されるようになってきました。それは、『愛犬から愛される、頼れる飼い主になるには【獣医師が解説】』でもお伝えしたように、犬は自分の家族という群れの中に優劣関係や上下関係を意識しているわけでないという考えに基づくもので、本当は不安や緊張が根底にあって、そこから誘発される、いわゆる防御的な行動なのではないかというものです。現在ではこのような考えが広がっているため、優位性または支配性攻撃行動、α症候群といった診断名は使用されなくなっています。

とはいえ、恐怖からくるものではない攻撃もあります。それが自己主張性攻撃行動(獣医師によって呼び方は異なるかもしれません)と言われているものです。自分の意思を通すために攻撃行動を示し、それが成功することによって攻撃が悪化していくというものです。

具体的にはどんな行動?

わかりやすい例をあげてみましょう。

足拭きが嫌いな犬は結構いますよね。足先は敏感な部分ですので、触られるのが嫌なのです。それなのに、散歩から帰ってくるたびに足先を持たれてゴシゴシ拭かれるのは、犬にとってはかなりの苦痛かもしれません。最初はイヤイヤと足を引っ込めるくらいのわずかな抵抗をしていたのですが、それでもやめてくれないので咬んでみたところ、飼い主がひるんで足拭きをやめてくれるようになりました。

そして犬は、「そうか!咬めば嫌なことをされずに済むのか!」という条件づけがなされて、ますます咬む行動が増加していくというわけです。これを学習していくと、足拭き以外でも、自分の嫌なことをやめてもらうために咬むようになるかもしれません。

ここで、「そんなのは単なるわがままだ。そのままにしておいては、もっとわがままな犬になってしまう」と思って、無理やり足拭きを続けますか?それとも、叱るなどの罰を与えて言うことを聞かせますか?

さらに、咬んだことで罰を与えられるなどして怖い経験をすると、足拭きに対する印象はさらに悪いものになります。今度は、恐怖からくる攻撃行動も生じるかもしれません。「攻撃」といっても、本当にいろいろな背景が隠れているのです。

 

犬の攻撃行動についてのコラム

第1回 犬が威嚇をしてくるのはなぜ?【獣医師が解説】

第2回 家族に対して犬が攻撃行動を取る理由【獣医師が解説】

第3回 不安からくる犬の攻撃行動【獣医師が解説】

第4回 犬がなにかを守ろうとするときの攻撃行動【獣医師が解説】

第5回 多頭飼いでは犬の順位付けに気を付けて!【獣医師が解説】

第6回 病院で暴れるワンちゃんは何が原因なの?【獣医師が解説】

 

 

「犬の気持ち」「しつけ」に関する記事はこちらをご覧ください。

<犬の気持ち>

■しっぽ:犬の“しっぽ”で感情を読み取ろう!

■見つめる:じーっと見つめてくるときの犬の気持ちは?

■しぐさ:行動学の専門家が解説!仕草からわかる犬の気持ち

■鼻舐め:犬が鼻をペロペロ舐めるのはなぜ?知っておきたい犬の習性と病気のサインとは?

■他の犬:他の犬に会った時、愛犬はなにを考えているの?

■威嚇:犬が威嚇をしてくるのはなぜ?

■順位付け:多頭飼いでは犬の順位付けに気をつけて!

■好き嫌い:愛犬の好きなこと、苦手なこと、きちんと把握できていますか?

■転移行動:犬が自分のしっぽを追いかけるのはなぜ? 

■ストレスサイン:犬のストレスサインとは?どんな行動をするの?

 

<犬のしつけ>

■ アイコンタクト:全てのしつけに必要!愛犬とのアイコンタクト

■ 失敗談:みんなのしつけ失敗談。先輩の失敗から学ぼう!

■ 子犬:子犬を迎えたばかりのお家は要注意!そのしつけ、本当に大丈夫?

■ドッグカフェ:ドッグカフェでいい子にしてもらうためのしつけ

■ おいで:呼んだら来てくれる「おいで」のしつけ

■ 待て:犬のしつけ「待て」はとっても重要!トレーニングの方法は?

■ 咬み:噛む犬のしつけ方

■ 吠え:犬の無駄吠えのしつけ方 <原因別に解説>

■ クレート:クレートを好きになってもらってお留守番上手に

■ リーダー:怖いボスと頼れるリーダーの違い

 

 

愛犬の行動から、病気の可能性を調べてみる『うちの子おうちの医療事典』

うちの子おうちの医療事典

「うちの子」の長生きのために、年齢や季節、犬種など、かかりやすい病気や、症状や病名で調べることができる『うちの子おうちの医療事典』をご利用ください。 例えば、愛犬の「行動」から、考えられる病気を調べることもできます。健康な毎日を過ごすため、知識を得ておきましょう。

足をあげる

歩かない

頭を振っている

ふらつく

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性格が変わる

菊池 亜都子
東京大学附属動物医療センター 行動診療科

菊池 亜都子

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