わんちゃんを飼っている方なら誰しも1度は「この子が話せたらいいのに」と思ったことがあるはずです。言葉が通じない人間と犬とが一緒に暮らしていくと、色々な疑問を持ったり時には悩みに遭遇すると思います。それは、動物と人間での行動パターンに違いがあるからです。その行動パターンの違いや、動物がなぜそういった行動をとるのか?を考える学問が「動物行動学」という分野です。

獣医動物行動学という分野は実は獣医師の中でも一部の専門家しか扱えない分野です。日本にはこの行動学を専門としている施設はとても少なく、その一つが東京大学大学院 獣医動物行動学研究室’です。ここでは、動物行動の仕組みと意味をより深く理解することを目指し、動物たちの行動を科学的・総合的に研究しています。

今回より、東京大学の獣医動物行動学研究室に所属し、主に犬猫の問題行動に関して、動物行動学の観点から診断・治療にたずさわっている獣医師、菊池亜都子先生に犬と飼い主との良い関係性に関して解説していただきます。


「うちの犬、全然言うこと聞いてくれないのよ」

「それって、あなたのことを自分より下に見ているのよ。飼い主が上だっていうことをわからせないとだめよ」

 以前、犬の飼い主さん同士が話していたこんな会話を聞いたことがあります。果たして、本当に犬はあなたのことを下だと思っているのしょうか?

 「犬は飼い主を群れの一員とみているため、一家のトップの座を狙って、飼い主を『支配』しようとしている」という考えはいまだに浸透している気がします。飼い主は犬の地位を格下げすることが大切で、そのためにはマズルコントロール(マズルをつかんで離さない)など、犬の嫌がることを無理やりでもやって言うことをきかせることが大切であり、いうことをきかない時には犬の嫌がる音を鳴らしたり、チョークチェーンで首にショックを与えたり、最終的には体罰を与えてでも飼い主の威厳を示さないといけない…なんてことを聞いたことがありませんか?

犬との上下関係・主従関係の由来

なぜこのような考えが生じたのでしょうか?

犬の祖先はオオカミであると考えられていることは、みなさんもご存じのことと思います(※この考え方とは別に、犬とオオカミは共通の祖先をもっており、オオカミは犬の直接の祖先ではないかもしれないとする考え方もあります)。オオカミの群れには厳しい序列があり、食べ物や寝床、繁殖相手など限られた資源を確保する際には、順位の高い個体に優先権があります。順位の低い個体がこうしたルールを守らず挑発的な行動をとった場合には、順位の高い個体が攻撃性を示してこれをたしなめます。犬の祖先はオオカミであるから、人間という家族の一員として飼われている犬も、オオカミの群れに見られるような序列を飼い主やその家族の中に見出していると当然のように考えられていました。 

しかし、ここで大きな間違いがありました。今までペットの犬を理解するためのモデルとしていたのは、無理やり同じ場所に閉じ込められ、血のつながりのない相手と争いを繰り返している動物園のオオカミだったのです。野生のオオカミの群れは、家族や親戚などで構成され、何よりもその絆を大切にします。その中で、支配的なオオカミは群れの安全を守る単なる群れのリーダーにすぎず、繁栄していくために群れのメンバー同士が互いに協力し合う集団であることがわかってきました。

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犬の唯一の祖先、オオカミ

犬の社会における他者との関わり

では、犬は人間である飼い主のことをどう思っているのでしょうか。

イヌ科の動物は群れで生活をする動物ですから、飼い主のことを自分の群れの一員とみているのは間違いないしょう。しかし、その群れは動物園のオオカミの群れではありません。人間が犬を飼いならし、共に生活をするようになった歴史を考えると、私たち人間を自分たちの家族のメンバーとして見ているのではないでしょうか。ここでいう「家族」とは、もちろん血のつながりを意味しているのではなく、メンバーが一緒に暮らし、お互いをよく知っているから協力し合える集団を意味します。そこには、「支配」や「階層」を思わせる行動は存在しません。

残念なことに、犬は飼い主を支配しようとしているという考えを基本としている犬のしつけ本やドッグトレーナーはいまだ健在です。最初の方で述べたような体罰まではいかないとしても、犬に家族を支配させないために、例えば、同じベッドで一緒に寝てはいけない、飼い主の食事が終わるまでは犬にエサを与えてはいけない、遊びは飼い主の方から終わらせないといけない、ひっぱりっこの遊びをする時は犬に勝たせてはいけない…くらいのアドバイスは聞いたことがありませんか(ひっぱりっこで勝たせてあげたからといって、犬は支配的にはならないと言われています)。このようなアドバイスを忠実に守っていたら、楽しいはずの犬との暮らしが挑戦の日々に変わってしまいますよね。

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「でも、上下関係を意識した方法でうまくいくことってあるよね?」とお思いの方もいらっしゃるでしょう。もちろん、犬にもそれぞれ個性がありますから、すべての犬に当てはまらないかもしれませんが、ほとんどの犬はただ怖いから従っているだけのような気がします。飼い主のことを信頼できるリーダーだと思っている可能性は低いと思われます。その方法は、最初はうまくいくかもしれませんが、その犬は不安でビクビクした性格になるかもしれません。嫌だな、怖いなという思いが募り、我慢の限界がやってくると、最後の手段として攻撃性を示すことにもなりかねません。

だからといって、何でも犬の好き勝手にやらせていいわけではありません。人間社会で一緒に生活していくためのルールは、飼い主が教えてあげなくてはなりません。犬も人間もずっと幸せに過ごすために、飼い主が犬を導いてあげる必要があります。

「じゃあ、具体的にはどうしたらいいの?」となりますよね。今回ご紹介した内容は、犬の幸せを考える上で基本となるものです。この考えを前提として、次回以降、犬と良好な関係を築く方法については、紹介していきます。

菊池 亜都子
菊池 亜都子

東京大学獣医動物行動学研究室で犬や猫の行動学を専門に研究。自身の飼い犬の問...

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