Two puppies in a dirty shelter

皆さまは、ふだん病院でお世話になっている獣医師のキャリアやお仕事内容についてお話を聞いたことはありますか? じっくりお話しになったことがある方は少ないのではないでしょうか。

今回ワンペディアでは、「獣医師の生きる道」をテーマに、現役の獣医師の方にインタビューを行いました。ご協力いただいたのは、「犬の行動学」についてご執筆いただいている菊池亜都子(きくち あつこ)先生です。菊池先生は、社会人を経て日本大学の獣医学科に再入学し、獣医師となられました。現在は東京大学の獣医動物行動学研究室に所属し、付属動物病院の行動診療科でご活躍されています。また、ご自身も現在までにたくさんの犬や猫を飼われたご経験をお持ちです。獣医師を目指したきっかけ、行動治療という分野にたずさわった経緯とは?治療はどのように進められているのか?行動治療の難しさとは?菊池先生の過去から現在までのお話を、前編・後編に分けてお届けします。

家でも学校でも動物三昧の幼少期。当時の憧れはもちろん・・

幼いころから動物に囲まれて育ったと伺っています。

3,4歳のころから常に何かしらの動物を飼っていて、物心ついたときには動物に囲まれた生活をしていました。拾った猫を団地の家の中でこっそり飼っていたのが初めての飼育経験でした。この猫は結局19歳まで長生きしてくれました。一軒家に引っ越した後は柴犬を、中学生の時にはオールド・イングリッシュ・シープドッグを飼いました。犬猫以外にも、時期は前後しますがインコやウサギ、ウズラ、カメ等、常に動物を飼っていました。全て私からの提案で始まったのですが、受け入れてくれた両親には大変感謝しています。

この他に印象的だったのは小学校で飼っていたニワトリですね。クラスの男子がお祭りでひよこを3羽買ってきたのですが、3羽とも大きく成長し、彼が家で飼うことが難しくなってしまいました。彼が担任の先生へ相談したところ、「クラスで飼いましょう」と言ってくださいました。結果、ニワトリが教室の中で放し飼いにされることになったのです。授業中、ニワトリが教室をうろうろしていたのです。今じゃ考えられないですよね(笑)。放課後になると当番制で自宅に連れて帰っていましたから、まさにクラスみんなで飼っている状態でした。さすがにこの状態をいつまでも続けるわけにもいかないという話になり、学校に鳥小屋を建てました。飼育委員会も発足させ、私は初代委員長を勤めました。

当時は、動物に関われる職業に就きたいと漠然と思っていて、特に「動物のお医者さん」は大きな憧れでした。

夢への再チャレンジを決意したのは、生徒達のおかげ

その後、社会人を一度経験してから獣医学科を再受験されたそうですが、どのようにして獣医師の道へ進まれたのですか?

大学を出てから、OA機器企業のインストラクターとして5年ほど働いておりました。その後は、何か自分で始めようと思い翻訳やテープ起こしの通信教育を受けたのですが、自分には合っていないという感覚を拭えませんでした。最終的に、近所の小学生を自宅に集めて勉強を教える塾の先生を始めました。数年間続けていたのですが、その中で生徒達と将来の夢ついて語る機会が多くありました。生徒達はいろいろな夢を語ってくれて、私は自分のことは脇に置いて「彼・彼女なら、これから何でも挑戦できる。何にでもなれる」と思っていました。しかし、ある時、子供達と接する中で、彼らを応援するだけではなく、私も昔憧れていた獣医師にもう一度チャレンジしてみたいという気持ちが芽生えたのです。長年忘れていた「動物のお医者さん」への憧れを思い出したのです。「獣医大学に合格できるかはわからないけど、憧れで終わらせたくない」と強く思うようになり、自宅で子供達に勉強を教えるかたわらで、自分の受験勉強を始めました。

仕事をしながらの勉強は楽ではありませんでしたが、「落ちても仕方がない」と開き直り、全身全霊で試験に臨みました。無事に合格して塾の先生をやめる際には、生徒達よりも、お母さん方からの反響が大きく、「30代40代の希望の星だわ!」と応援してくださり、本当にありがたかったです。

「変われなかったのは、私自身」飼い主として試行錯誤し気付いた

現在は行動診療科の獣医師ですが、昔は「いい飼い主さん」ではなかったそうですね。
おやつに夢中のラブラドール・レトリーバー・ブリスちゃん。

おやつに夢中のラブラドール・レトリーバー、ブリスちゃん。菊池先生が獣医学科へ入学した時期に飼っていました。

獣医学科に再入学してから、飼っていたラブラドール・レトリーバーの女の子(以降、「うちの子」)のことでずっと悩んでいました。入学した時点で7歳だったのですが、事の始まりは1歳ごろ、ペットホテルに預けた時のことでした。多感な時期に独りで知らないところへ預けられたのに加えて、「遊ぼうよ!」と寄ってきた犬たちに驚いてしまい、他の犬を避けてずっと窓のそばにいたようなのです。それまでは天真爛漫で他の犬とも仲良くできる子でしたが、その日を境に他の犬への苦手意識を持つようになってしまいました。しかし、私は「ラブラドールなら他の犬と仲良くできる」というイメージがどうしても拭えず、無理やり他の犬とふれ合わせようとしていました。そしてある日の散歩中、うちの子は近づいてきた犬を咬んで、耳にケガをさせてしまったのです。

そこからは他の犬への苦手意識を治すべく、試行錯誤の連続でした。最初に試したのは厳しいトレーニングスクール。そこは望ましくないことをした際にチョークチェーンで罰を与えるような方針でした。そのスクールに預けて2ヶ月ほどでストレス性の下痢が止まらなくなったため、すぐに引き取ってきました。愛犬にそのような経験をさせたのにもかかわらず、次は懲りずに警察犬訓練所の家庭犬用トレーニングを受けさせました。他の犬たちが楽しそうに訓練するのに対して、うちの子はいつも尻尾が中に入っていて仕方がなく従っているように見えました。ある日、うちの子が訓練士さんの指示に従わず、リードでピシャっと叩かれた時にたまたまそのリードが耳に当たってしまい、出血をしてしまったのです。

そこでやっと、「私は今まで何をやっていたのだろう」と目を覚まして、トレーニングや訓練を受けさせるのはやめる決断ができました。その時に、「うちの子はドッグランに行ってもおびえているだけで楽しそうに見えないし、一般的なラブラドールのイメージにこだわるのもやめよう」と心を新たにしました。「家族と一緒にいる時がその子にとって一番楽しいなら、それでいいのだ」と、私の意識が変わったのです。それからは、お散歩のときの犬同士の挨拶も無理してさせず、他の飼い主さんが犬を近づけてきた時には、「この子、咬むんですよ」と伝える勇気を持てるようになりました。以前は「ラブラドールなのに凶暴なのね」と他の飼い主さんから言われるのが嫌で、公園で犬たちが集まって遊んでいるところに頑張って参加して、びくびくしながら挨拶をさせる毎日でした。しかしそれもやめようと決意し、無理して他の犬と遊ばせるのではなく、唯一仲が良かった近所の黒いラブラドールの男の子とだけ遊ぶようにしました。やがて私が大学で忙しくなり、24時間ずっと一緒にいて、いわば「監視する」ことがなくなりました。それで時間にメリハリがついたこともあってか、うちの子がすごく穏やかな子になっていったのです。

仲良しの黒ラブの男の子、クッパくんと。ブリスちゃん

仲良しの黒ラブの男の子、クッパくんと。ブリスちゃんのボーイフレンドだそうです!

一度経験した道だからこそ、来院する飼い主の気持ちはよくわかる

いろいろな方法を試されて、ようやく正解に辿り着いたのですね。

スクールや訓練所で嫌な思いをさせて、あの子には本当に悪いことをしてしまったと今でも思っています。

しかし、最終的にプレッシャーを与えずにのびのびさせてあげたおかげで、なんと14歳まで生きてくれました。ラブにしては長生きだと思います(ラブラドール・レトリーバーの平均寿命は10‐12歳)。

ボーイフレンドのクッパくんと最後に会った時の一枚。

ボーイフレンドのクッパくんと最後に会った時の一枚。お年寄りになっても変わらず仲良しでした!

私の場合と同じように、犬種のイメージにとらわれ、「うちの子、咬むんですよ」の一言が言えない飼い主さんは決して少なくないと思います。うちのラブは、人間への攻撃はありませんでしたが、攻撃性のあるワンちゃんの飼い主さんの気持ちはよくわかります。その方たちも本当にいろいろな方法を試されて、苦しまれてから来院するので、似たような経験をした飼い主としてとても共感します。

愛犬の問題行動をきっかけに出会った、新たな命の救い方

行動治療に興味を持たれたのはいつなのでしょうか。

行動治療と出会いのきっかけをくれたラブラドールのブリスちゃん(写真右)と、ボーイフレンドの黒ラブ・クッパくん(写真左)

行動治療と出会いのきっかけをくれたラブラドールのブリスちゃん(写真右)と、ボーイフレンドの黒ラブ・クッパくん(写真左)

大学1,2年の時に、飼っていたラブラドールが他の犬への苦手意識からくる攻撃性を持っていたので、犬の行動に関する本をいくつか読みました。そのうちの一冊が、東大の行動診療科の武内ゆかり先生の本でした。「獣医師の仕事の中には、このような動物との関わり方もあるのか!」と衝撃を受けましたね。この時期、近所にたまたま私と同じように飼い犬の噛み・攻撃で悩んでいた方がいました。その近所の子は家族に対する攻撃があって、しつけ教室に通っても一向に改善せず、飼い主の方は「もう保健所へ連れていこうか」というところまで悩んでいましたのです。困り果てて、近所の動物病院から紹介されて訪れたのが、東大の行動診療科でした。すると、何カ月もスクールや訓練所などを試して効果がなかったにもかかわらず、行動診療科で話を聞いてもらい、フォローアップのもとで治療プログラムを行うと、攻撃行動が改善したのです。あれほど悩んでいた飼い主さんが明るくなって、最終的に犬ととても良い関係を築いていたので、「行動治療によって安楽死を食い止める、という命の救い方もあるのか」と深く感心しました。治療内容の詳細は存じ上げないのですが、おそらく、犬を訓練したというよりも飼い主が犬との関わり方を教わったのだと思います。獣医学は手術や投薬で命を救う方法がメインですが、そういった治療によっても動物の命を救うことができることを身近な事例を通じて知り、行動治療へ興味を持ち始めました。

失敗を乗り越え、やっと合格できた4年越しの目標

大学1,2年で興味を持つというのは早いですね。その後どのように行動治療の道へ進まれたのですか?

大学3年生のときに東大の行動診療科を受け持っている獣医動物行動学研究室へ直接行き、大学院からここで勉強したいという旨を伝えました。研究室の先生は「3年生で大学院のことを考えるなんてまだ早い」とおっしゃる一方、とても親身に話を聞いてくださったので、逆に志望度が上がってしまいました(笑)。大学院の試験に向けて1年間勉強したのですが、試験当日は内部進学を目指す東大生達の雰囲気に圧倒され、頭が真っ白になってしまいました。結果はもちろん不合格でした。通常内部生は一ヶ月ほどの勉強で合格できると聞いていましたが、私は一年かけて勉強をしていましたから、余計に落ち込みました。

途方にくれた私は行動診療科の研究室へ行き、どうしたらよいかと先生方に泣きつきました。すると、「もう、ここを目指すのはやめた方がいいのではないですか」とおっしゃったのです。私の年齢を考えると、内科や外科などの体力が必要な臨床経験を先に積んだ方が獣医師のキャリアとして良いとのことでした。先生は私のためを思って言ってくれたのですが、私は諦めることができず、いっそう猛勉強を重ねて、苦手の英語も克服して、次の年も試験を受けました。その結果、前年の出来と大きな差をつけて合格することができました。研究室の先生からは「あれほど諦めるよう言ったのに、これほどの努力ができるのは素晴らしい!」とお褒めの言葉をいただきました。粘り勝ちですね(笑)。

犬の気持ちを読み解く手掛かりは、きめ細かいカウンセリング

行動診療科の診察はどのような流れで行うのですか?

まずは、日本獣医動物行動研究会で共通に用意されているカウンセリングシートを事前に記入してもらいます。カウンセリングシートには家庭の環境、その犬の生い立ちなどの質問事項があり、さらに必要に応じて個別に項目をアレンジする先生もいらっしゃるようです。そのシートを見て、足りない部分や深く聞きたい部分を中心に飼い主さんにお話をうかがいます。飼い始めの時期から記憶を辿ってもらってその犬の問題の原因を探っていくのですが、注意を払っているのは、「ただ聴くのではなく、その犬の気持ちになり、その子が問題行動を起こした状況に自分がいて体験しているかのように聴く」ということです。きっかけとなりそうな出来事について、犬はそのときどうしていたかなど細かく尋ねていきます。地震や恐怖体験の有無から、引っ越しなど環境の変化、家族構成の変化まで、飼い主さんが「そんなことも原因になるの?」と感じられるようなこと含めて全て尋ねます。そして内科や外科と同様に、一度診断名をつけてから鑑別診断を行います。例えば攻撃行動なら、所有性攻撃、自己主張性攻撃など細かく診断名をつけるので、診断名が3つ4つになることもあります。鑑別診断で診断を確定させた後は、治療プログラムを立て、その犬への接し方や薬のあげ方などを飼い主さんに説明します。治療プログラムの初期段階を達成して少し犬の反応が変わってきたら、次のステップに進みます。このように、行動治療が一回で終わることはほとんどありません。

飼い主・かかりつけ医との連携プレーで真摯に治療

現在、病院ではどのようなことをされているのでしょうか。

私自身は既に獣医師ではありますが、行動治療の面ではまだ修行中の身ですので、教員の先生についていただいて治療にあたるようにしています。

診察を行っているのが週2回で、それ以外の日は飼い主さんのフォローアップがメインです。一度カウンセリングを行い、その後は電話やメール、FAXなどで飼い主さんとやり取りして、様子を聞きます。逆に、飼い主さん側から連絡をいただくこともあります。メールが溜まってしまうこともありますが、時間をかけて丁寧に対応することを心がけています。私と年代が近い飼い主さんが多いので、一時間ほど雑談することもありますよ。

飼い主さんとのやり取りの他に、飼い主さんのかかりつけの動物病院の先生へ連絡することもあります。血液検査をお願いしたり、治療の一環としてお薬を処方した場合には、その後必要なお薬の処方をしていただきます。また、治療に際してお散歩トレーニングなどが必要だと感じた場合は、ドッグトレーナーの方を紹介することもあります。

私の所属する研究室では、攻撃性などの性格に関係する遺伝子研究を行っているのですが、診療の傍らで博士号の取得をするというのは並大抵のことでは両立できません。私は診療を通じて、飼い主の方と動物を救いたいという気持ちが強かったので博士号の取得よりも治療に専念することにしました。

行動診療科に来られるのは、攻撃行動のほか、分離不安でお留守番ができないといった問題を抱えている方が多いですね。あとは皮膚をなめ続ける、自分の毛を食いちぎる、トイレができないなどのお悩みもありますが、やはり攻撃行動が圧倒的に多いですね。

「しつけ方は犬それぞれ」悩んでいたら専門家に相談を

行動治療の難しい点、展望などはありますか?

行動治療では、動物に対しての治療もさることながら飼い主さんが動物と向き合う必要があります。やはり、飼い主さんの意識を変えることは難しいですね。

実際に、私が飼っていたラブはスクールや訓練所に通っても効果がありませんでしたが、プレッシャーを与えずにのびのびさせてあげたら、きちんとした治療やトレーニングがなくても良くなりました。逆に、厳しいトレーニングや昔ながらの主従関係を結ぶしつけで、うまくいく犬がいるのも事実です。ですから、「これが正しい犬のしつけ方だ」と一概に断言することはできず、ベストな方法はその犬ごとに異なります。本やネット上の情報を見たりしただけで判断してほしくないと思います。飼い主さんには、トレーナーや獣医師に相談して、その子に合った方法を選んでいただきたいと思います。

のびのびリラックスできたことで他の犬への苦手意識を克服したブリスちゃん。14歳まで長生きしました!

また、来院される方のかかりつけの獣医師とは、処方した薬や検査に関して連絡を取ります。

アメリカの大学病院ですと、行動治療は動物看護師やトレーナーと協同して治療にあたり、フォローアップを看護師さんが行っているところもあるようです。私達もトレーナーへの相談を勧めることは今でもあるのですが、海外のように、トレーナーとも連携してチームで治療を進めていければ、日本の行動治療もより発展していけると思います。

菊池先生(左)とインタビューワーのアイペット損保インターン 東京農工大学農学部獣医学科の安部(右)

最後にインタビューワーと1枚。取材のときも気さくにお話をしてくださった菊池先生、素敵なエピソードをたくさん聞かせていただきました。菊池先生に診察していただけたら、安心して愛犬についての相談ができると思いました!

ワンペディアでは菊池先生に執筆いただいた、わかりやすい動物行動学の記事を公開しています。飼い主なら知っておきたい情報ばかりですので、ぜひご覧ください。

菊池 亜都子
菊池 亜都子

東京女子大学文理学部を卒業後、一般企業に就職するが、幼い頃に抱いていた獣医...

関連記事

related article