愛犬n

 

ワンちゃんとの楽しい毎日を過ごしている飼い主さんには、想像だにしない「骨折」ですが、動物病院にて「骨折」は、日常で耳にする外傷で、手術が必要となる代表的な疾患です。治療費用が高額となるだけでなく、その長い治療期間のストレスは、ワンちゃんも飼い主さんも相当なものとなります。もちろん、「骨折をさせてはいけない」という認識は、飼い主さん全員が持たれるべきものですが、ここではその具体的な理由について、一つ一つ掘り下げて考えてみます。

 

骨折させてはいけない理由1 ワンちゃんにとっての激しい痛み

骨折は、読んで字の如く、骨が折れる外傷です。ほとんどの場合、怪我が原因となり、直接的あるいは間接的な力が骨にかかり骨が折れます。

 

骨折の主な症状は、

「足が着けないほどの痛み」 

です。

 

骨自体には痛みを感じるための神経は分布していません。しかし、骨が折れると、出血が引き起こされ、周囲の筋肉、血管、神経への損傷も伴うことで、大きな痛みが引き起こされます。骨の周りを覆う骨膜と呼ばれる薄い組織には、痛みを感じる神経が多く分布しています。骨が折れると、この骨膜が破れることや、周囲に出血が引き起こされること、周囲の筋肉、血管、神経への損傷も伴うことが多く、複合的な原因により、大きな痛みが引き起こされます。

 

犬の骨折

 

● 骨折しているのにあまり「痛がらない」ケースに要注意!

骨膜が安定している不完全骨折(亀裂骨折:亀裂やヒビが入る骨折、若木骨折:若齢時の柔軟な骨の骨折)では、痛みが軽度である場合があります。

痛みが軽度であると、骨折したワンちゃんが折れている足も使ってしまい、多くの場合、完全骨折に移行してしまう

ため、結果的に大きな痛みを引き起こしてしまいます。

 

●「どのくらい痛い? いつまで痛いの?」

このように、骨折の痛みは、骨膜の損傷と、周囲の軟部組織への損傷などによって引き起こされます。この痛みは、体を支える骨という頑丈な構造が復元されるまで引き起こされ、骨が体を支えられるようになるまで続きます。骨がその安定性を取り戻すまでには、一般的な切り傷が治るための時間などと比較して長い時間が必要です。切り傷などは小さければおおよそ2週間ほどで治ります。

それに対して骨は、

手術して完全な固定が得られた場合でも「2ヶ月」

ほどの治療期間が要求されます。

 

犬の骨折治療中

 

● 手術が必要な骨折で、手術をしないとどうなるの?

骨折を自然治癒に任せられないか? そんな考えが浮かんでしまうかもしれません。もし手術が必要な骨折に対して手術を実施しなかった場合は、物理的な刺激が骨膜に対して継続して引き起こされることから、

2ヶ月以上の期間痛みが持続

します。骨は、骨折した状態が続くと骨折部位からだんだんと傷んでしまい、骨膜まで溶けてしまいます。この状態まで達してしまうと痛みは消失する可能性がありますが、これは、

最も悪い予後である癒合不全

という状態を意味し、

骨折した骨に元の骨格を支える機能を取り戻すことが困難に

なってしまいます。

 

 

● 痛みが長いとどうなるのか?

長い期間痛みが継続すると、

本当に痛い刺激ではない弱い刺激をも痛みと感じ取る

ようになります。これは体が痛覚過敏のような状態になることや、神経障害性疼痛などと表現されている、身体的苦痛、精神的苦痛などから引き起こされます。骨折によって引き起こされる身体的苦痛は、前述した直接の痛みにまつわる症状や、日常生活動作の支障から引き起こされます。

精神的苦痛は、不安やケージレストによって孤独感や怒りを感じている状態

から引き起こされます。

 

●「痛み」により現れる行動は?

痛みによるワンちゃんの行動を、表にまとめました。

 

急な痛み(骨折直後など)  

徴候

 ワンちゃんの様子

防御行動

受傷部位を守ろうとし、逃げたりや触ろうとする人を攻撃する。

鳴く

動いたり、触られた時に鳴く。

自傷行為

受傷部位を舐めたり噛んでしまう。

動く

歩き回ったり、横になったり起き上がったりを繰り返す。

頻呼吸

呼吸回数が速くなる。

緩慢な動作

ずっと横になっている。動くことを嫌がり、起き上がることが困難に。

 

続いている痛み(不完全骨折の後など)

徴候

 ワンちゃんの様子

跛行

歩き方がおかしくなる。足を引きずる。

自傷行為

受傷部位を舐めたり噛んでしまう。

態度の変化

飼い主さんに対して、怒ったり、噛んだり、吠えるようになる。

日常動作の減少

排泄の仕方が変化したり回数が減る。
グルーミング動作が減り、目やになどがついたままになる。

食欲不振

ご飯を食べなくなる。量が少ない。 

緩慢な動作

ずっと横になっている。
動くことを嫌がり、起き上がることが困難になる。

 

骨折によって引き起こされる痛みは、

 適切な手術を受けることで、ほとんどの場合で、1週間以内に大きく減弱

します。

骨折によって引き起こされる痛みは、

 とても強く、なおかつ長期間続く

ものです。

この大きな痛みこそが、第一の「愛犬を骨折させてはいけない理由」です。

 

 

 

 

骨折させてはいけない理由2 6週間を超える孤独な安静期間とストレス(飼い主さんもワンちゃんも)

 

●ワンちゃんにとってつらい安静期間は、最低でも6週間!

骨折は子犬に多く引き起こされ、ほとんどの場合に手術が適応されています。手術が必要であっても、必要でなくとも、多くの場合で骨折前の生活に戻るまでには、最低6週間ほどの安静期間が要求されます。

 

安静とは、一般に体を動かさないで、静かに寝ていることとされ、獣医療では、ケージ内での生活を意味します。

 

●子犬期の骨折はさらに影響大

子犬にとってこの6週間を超える孤独な期間は、その後の生活に大きく影響を与える3つのことが引き起こされます。

 

①社会化期の喪失

②トイレトレーニングなどの妨げ

③ストレスによる問題行動の発生

 

です。

 

最も大事なワンちゃんの一生は、人との生活への順応準備が遅れる、あるいはうまくいかないことによって、不安定になってしまうかもしれません。

人との生活への順応準備に関する問題は、第二の「ワンちゃんを骨折させてはいけない理由」です。

 

また、アイペット損保の調査では、子犬の骨折の約75%が室内で発生しています。室内での骨折の危険性について、詳しくは「室内での骨折に要注意!あなたの愛犬は大丈夫?【獣医師が解説】」もあわせてご覧ください。

 

 

●子犬の骨折Q&A

 

Q. 子犬が骨折してしまい社会化のトレーニングができない場合は、どうすればよいでしょうか?

 

A. 骨折手術の術後は、安静が要求され、バギーで外に出たり、室内で音を聞かせることはできても、治療を最優先し行動制限による安静が大前提です。できることには限界があるので、子犬期に骨折させないことが最も重要です。

 

 

Q. 骨折時の子犬の排泄トレーニングは、どうすればよいでしょうか?

 

A. 骨折すると、散歩ができず、愛犬が自然に排泄する気持ちになってくれる機会は少なくなってしまいます。飼い主さんのお時間が許される時に、排泄場所(ペットシーツの上)などで排泄をしたら、褒めること、また、可能であれば排泄時にコマンド(掛け声:ワンツーワンツーなど)を使うことはトレーニングとなります。愛犬の骨折の症状やご家庭のご事情によって、実施できる内容には大きく差がつきます。※子犬のトイレトレーニングについては「子犬のトイレトレーニング、失敗しても大丈夫!【獣医師が解説】」もご覧ください。

 

 

Q. 骨折時のストレス解消法はありますか?

 

A. 難しいご質問です。動物のストレス解消は、簡単に分けると大きく二つ。一つ目は飼い主さんと過ごす時間を共有すること、もう一つは運動です。後者は不可能であることから、一緒に過ごす時間を設けてあげたいところです。しかし、ひと時たりとも離れないようにすると、分離不安に導いてしまう可能性があります。

 

このことから、私の病院では、

 

ケージなど安静環境にいる時は、絶対に話しかけないこと 

 

ケージで静かにしていられた時のみに外に出してあげることとし、外に出してあげた際は、興奮させない程度で褒めてあげること

 

この2点をお願いしています。また、このお約束は、ご家族皆様で必ず守っていただくことが重要です。

 

 

骨折させてはいけない理由3 高額となる診察費用

飼い主さんのご負担になることは、まず費用、ついで通院です。骨折した動物が手術適応外であるケースは、ほとんどありません。

 

筆者の病院では、1年に200件ほどの他院からご紹介いただいた患者様の手術をおこなっています。通院日数は、骨折時の初診日、退院時、その後はおおよそ3週間ごとに1度の検診を行うことが多くあり、当院の2021年の骨折治療記録(一般的な骨折、初回治療に限る)では、完治に至るまで平均3.74回の通院が必要でした。

 

 

骨折させてはいけない理由4 何よりも骨折治療の難しさ

統計上最も多く発生する小型犬の橈尺骨遠位骨折は、骨折部位の血流が元来悪い

ことから、

治癒が完了するまでに長い時間を要する

場合があります。このような骨折治療の難しさから、手術には繊細な技術が必要となります。このことから、骨折治療を目的とした手術は、正確な知識を持った習熟者によって実行されるべきでしょう。

 

このように、犬の骨折は、

愛犬にとっての激しい痛み

長期間の安静を必要とするストレス

診療費用の高さ

治療の難しさ

から、骨折させない飼い主さんになることが、何よりも大切です。

 

 

動物整形外科の専門医・木村太郎先生監修「犬の骨折」記事

第1回:動物整形外科専門医の視点で語る「愛犬を骨折させてはいけない理由」 (本稿)

第2回:視覚とデータで理解!「骨折の原因」を徹底排除

第3回:骨折発生! もしかして骨折_ を含めた応急処置と対処法

第4回:動物の整形外科とは?~骨折治療の得意な先生の探し方ヒント 

第5回:骨折の定義と、部位別の原因・症例・治療法~完治まで

第6回:骨折の治療法完全ガイド

第7回:⾻折で発⽣する後遺症と合併症

第8回:骨折しやすい犬種の理由として考えられること

 

 

アイペット獣医師による【うちの子 HAPPY PROJECT】の骨折対策

飼い主さんの「あのとき知識があれば防げたのに…」といった後悔や、ワンちゃん、ネコちゃんの痛みを無くしたいという“想い”で始まったアイペット損保の獣医師チームによる【うちの子 HAPPY PROJECT】では、今日から実践できて、すぐに役立つワンちゃん、ネコちゃんの病気・事故対策をご紹介しています。『骨折』に関する記事は、こちらをご覧ください。

骨折経験者のホンネ

飼い主さんが知っててほしい3つのポイント

今日からできる骨折対策

 

 

★「うちの子」の長生きのために、気になるキーワードや、症状や病名で調べることができる、獣医師監修のペットのためのオンライン医療辞典「うちの子おうちの医療事典」をご利用ください。

 

うちの子おうちの医療事典

 

例えば、下記のように「骨折の特徴」と似た病気やケガを、さまざまな角度で知ることができます。  健康な毎日を過ごすため、知識を得ておきましょう。

子犬に多い

小型犬に多い

緊急治療が必要

手術での治療が多い

手術費用が高額

専門の病院へ紹介されることがある

後遺症が残ることがある

長期の治療が必要

予防できる

 

 

犬の骨折に関する解説はこちらをご覧ください。

骨折

 
 
 

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動物外科診療室 東京(VST)院長 木村動物病院 院長

木村 太郎

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