不本意ながらワンちゃんが骨折してしまった場合には、一刻も早く動物病院を受診することが大切です。その一方で、骨折治療を目的とする手術には、繊細な技術が必要で難しい治療となるため、骨折治療が得意な先生に診てもらうのが望ましいのも事実です。ここでは、かかりつけの先生に、骨折治療の得意な先生に診てもらう必要があるのかどうか、飼い主さんが先生に確認すべきポイントと、骨折治療が難しい理由を解説します。
骨折したら、かかりつけ医が基本、まずは先生に相談を
●まずはかかりつけの先生に
ワンちゃんが骨折してしまった場合には、まず最寄りのかかりつけ医の先生にお世話になります。
診療が始まり、骨が折れていることが確認されると、骨折が確定診断され、その治療方法は主にX線検査に基づいて決められます。
かかりつけ医の先生は、飼い主さんから得られた情報と、画像情報、またご自身のご経験から専門医へご紹介するか否かをお考えになるはずです。
もし、かかりつけ医の先生がご自身で治療を実施されるとお話しになったとき、飼い主さんご自身では、かかりつけでない別の専門医の先生にお願いしてみたいとお考えの場合、どちらを選択してよいか迷われ、飼い主さんにとって判断が難しい状況となります。
●「もしものとき」を、かかりつけの先生に相談しておくのがベスト
ほとんどの骨折は、1歳以下の年齢で起こりますので、このような状況を避けるためにも、飼育を始める時点で、ご家族でご自身のワンちゃんに骨折が起きてしまったら、など、「もしものとき」に、どのような治療を行ってあげるかを決めておくのが理想です。
できれば、かかりつけ医の先生に、もし骨折が起きたらどうしたら良いか? 夜中や休診日に起きたらどうすればいか、など「もしものとき」を相談してみましょう。
かかりつけ医の先生の普段のご対応方法がわかるだけでなく、ご家族でどんな点を相談し、疑問や懸念点を抱いているかなども、先生に伝えることができます。
そこで、先生へのご相談時に、ぜひ「確認しておきたいポイント」をお伝えします。
骨折治療の先生に、確認したい3つのポイント
昨今は、インターネットやSNSで様々な情報を得ることができます。ただし、飼い主さんにとって良い動物病院は、その「良い」と感じられる点がさまざまであり、得られた情報が必ずしも骨折治療の検討で役立つものとは限りません。専門医でなくとも骨折治療が上手な先生はいらっしゃいます。
以上を踏まえて、骨折治療(整形外科治療)をお願いするにあたって、先生に必ず確認しておいた方が良いことを列挙します。
point1.骨折治療においては、受傷後4日以内に手術を実施してもらえること。
→内臓を痛めてしまっている場合は、この限りではありません。
遅くなるほど治療成績に影響
を及ぼしてしまいます。
point2.X線検査を必ず2方向以上撮影して、治療方法を説明してもらえること。
→明らかに手術が必要なことが1方向の撮影でわかる場合、麻酔下の痛くない状況で具体的な判断をする場合など、原則から外れる場合があります。
point3.治療方針の説明が具体的であること
→手術が必要であれば、その理由を明確に伝えてくれること。治療経験や知識が十分であれば、入院日数や、治療の予想期間などを具体的にお伝えいただけることがほとんどです。
かかりつけ医の先生がこのようなご相談を受け付けなかったり、かかりつけ医の先生と治療の運び方に相違が生まれてしまった場合には、専門医へのご紹介をお願いしてみましょう。
●大切なのは、かかりつけの先生とのコミュニケーションによる人間関係の構築
飼育当初から、かかりつけ医の先生と、なるべくしっかりとコミュニケーションをとって、しっかりと相談できる人間関係を構築することが第一です。ペットの飼育は命を預かることですから、病気やケガにならないよう予防に努めるとともに、病気やケガをしてしまった時にもどうするのか、ご家族でご相談されることも、同じく大事なことと考えます。獣医さんと信頼関係の築き方については、ワンペディアの関連記事「信頼できるかかりつけの動物病院を見つけよう【獣医師が解説】」もあわせてご一読ください。
骨折治療が難しい理由
骨折治療が難しいのは、手術には繊細な技術が必要となるからです。ここでは、骨折治療を目的とした手術の難しい理由と、その流れを解説します。
●骨折治療は、骨の強固な固定が基本
骨折治療は、可能な限り早期に日常生活を取り戻せることを目標とし、X線写真でみるように、折れてしまった骨の強固な固定が基本となります。
骨折は、皮膚の切り傷などと同じで、体を構成する組織が破断された状態です。この破断された部位にきちんと元の組織が作り直されることで治療が完了します。
●皮膚の再生と骨の再生を比較すると
皮膚などの軟部組織やその他の臓器の組織が破断し、その構造を失ってしまった場合は、縫合を代表とする比較的弱い固定によって破断した部位を保つことで回復します。多くの場合に、その治癒過程で、回復してきた組織は変形によく耐え、伸展は100%、曲がる角度は40度まで許容されます。
<皮膚の再生>
<骨の再生>
例えば、皮膚を引っ張ってみてください。元の長さのおおよそ2倍までは、痛みを伴う事なく伸びますが、骨は伸びません。骨は、硬組織と呼ばれ、硬い組織ほどこの変形への耐性は低く、治癒過程において、伸展で2%、曲がる角度は0.5度までしか耐えることができず、これ以上の変化が引き起こされると骨細胞は死んでしまいます。
●骨折治療は小さな変化も起こさせない固定が必要
このように、骨折の場合は、破断部の治癒過程で、小さな変化をも起こさせない強固な固定が必要です。骨折手術に要求される固定強度は、大枠の基準は存在しても絶対的な基準はなく、経験で習得していくことが必要です。さらに小型犬の場合は、理想的な固定強度の許容幅がかなり小さいため、骨格に対して弱い固定は破綻に至り、強すぎる固定は骨萎縮を導きます。
最も多く発生する、子犬期の小型犬の橈尺骨骨折
また、術後の運動量の管理が難しいことから、骨格に対して理想的な固定を施したとしても、その固定強度を上回る運動負荷が与えられた場合には、その固定は破綻してしまいます。さらに、統計上最も多く発生する小型犬の橈尺骨遠位骨折は、骨折部位の血流が元来悪いことから、治癒に向かうまでに長い時間を要する場合があります。
※木村動物病院2017年1月~2021年12月の骨折治療の部位別構成比
※アイペット損保のペット保険「うちの子プラス」「うちの子」「うちの子ライト」のご契約に関する2019年1月~2021年12月の保険金支払データより算出
このような骨折治療の難しさから、骨折治療を目的とした手術は、正確な知識を持った習熟者によって実行されるべきでしょう。
整形外科、骨外科の難しさ
整形外科・骨外科の難しさは、骨を変形させずに(骨変形)、骨をくっつける(骨癒合)ための、元の形に戻す繊細な手術(骨接合術)にあります。
●骨接合術とは?
「骨接合術」とは、骨を元の形に戻すための繊細な手術のことです。感染や組織侵襲の観点から、素早く正確な手術は、治癒期間も短縮するものと考えられます。
●骨癒合とは?
「骨癒合」とは、骨がくっつくことです。最も多く発生している小型犬の橈尺骨骨折は、犬の前肢が物理的に折れやすい構造である(※1)とともに、骨の血流の問題などから、骨癒合を得ることさえ難しい場合(※2)があると言われています。骨折は、骨接合の手術をしても、骨癒合が得られない場合があるのです。
(参考文献)
※1:J Biomech. 2006;39(2):302-11. Brianza SZ et al.D
※2:Vet Surg. 1997 Jan-Feb;26(1):57-61. Welch JA et al.
●骨変形した場合の矯正骨切り術
さらに、骨折治療は折れた骨がくっつくこと、すなわち骨癒合を得るだけが目的ではありません。骨折した部分を元通りに整復して固定しない限り、人為的な「骨変形」を生み出してしまいます。「骨変形」は、骨折した骨の上下の関節に悪影響を引き起こしてしまうことがあることから、元通りの生活を確実に取り戻すためには、骨を元の形に戻してあげる矯正骨切り術と呼ばれる、より難易度の高い手術が求められます。
●骨折による再手術
骨折の治療経過が思わしくなくなってしまった場合、治療に求められる期間はおよそ6ヶ月以上に延長します。この期間には、複数回の再手術が実施されること、診察が最低でも3週間に1度となります。また、結果的に骨がくっつかなかった場合には、足を1本失った状態で一生を過ごすことになります。
このことから、骨折治療は、1回の整復手術で可能な限り早く日常生活に戻してあげられる最良の選択をすべきと考えられます。
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動物整形外科の専門医・木村太郎先生監修『犬の骨折』記事
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第3回:骨折発生! もしかして骨折_ を含めた応急処置と対処法
第4回:動物の整形外科とは?~骨折治療の得意な先生の探し方ヒント (本稿)
第6回:骨折の治療法完全ガイド
第7回:⾻折で発⽣する後遺症と合併症
アイペット獣医師による【うちの子 HAPPY PROJECT】の骨折対策
飼い主さんの「あのとき知識があれば防げたのに…」
★「うちの子」の長生きのために、気になるキーワードや、症状や病名で調べることができる、獣医師監修のペットのためのオンライン医療辞典『うちの子おうちの医療事典 』をご利用ください。
例えば、下記のように『骨折の特徴』と似た病気やケガを、さまざまな角度で知ることができます。
□ 子犬に多い
□ 小型犬に多い
□ 緊急治療が必要
□ 手術費用が高額
□ 長期の治療が必要
□ 予防できる
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