今回は、犬の攻撃行動に関するコラムの3回目です。

前回は自己主張性の攻撃行動について説明しました。自分の意思を通すために攻撃行動が生じ、それが成功することによって条件づけがなされ、攻撃行動が悪化していくというものでしたね。

今回は、恐怖性/防御性攻撃行動、縄張り性攻撃行動について説明いたします。 

 

“恐怖性/防御性攻撃行動”とは

身を守るための行動です

動物は恐怖を感じた時に、

動けなくなる

逃げる

攻撃する

といういずれかの反応を示すと言います。したがって、恐怖を感じた動物が、自分の身を守るために攻撃という行動を取ることは、動物が生きていく上では必要なことであり、正常な行動とも言えます。しかし、その恐怖が過度のものであった場合、つまり普通だったら感じないようなことに対しても、いつもビクビクして恐怖を感じているような、いわゆる恐怖症的な場合は、やはり正常とは言えません。

通常、

臆病な犬というのは、唸ったり吠えたりするもので、咬みつくことはまれ

です。しかし、それでも自分がその恐怖的な状況から逃れられないと感じた場合は攻撃という手段に出る場合も決して少なくありません。

特徴と注意すべき点

恐怖性/防御性攻撃行動の特徴の一つは、恐怖を示す姿勢や表情を伴うことです。例えば、

体を震わせる

頭を低くする

体をかがめる

後ろに下がる

尾を巻き込む

目を反らす

舌をペロペロと出す

などです。そして、攻撃的な反応が自分にとって有効であることに気づき始めると、その姿勢や表情は変化する可能性もあります。

元々は恐怖からくる攻撃だったとしても、徐々に恐怖を示す姿勢や表情が、自己主張的なものへと変化していく

ことがあるのです。ですから、最初の段階で見せていた恐怖を示す姿勢や表情に気づかなかった飼い主さんは、突然わがままな攻撃が現れた!と思ってしまうかもしれません。そうと気づかずに、対応を間違えたりすると余計に攻撃行動が悪化する恐れもあります。

どの攻撃行動にも言えることですが、くれぐれも体罰などの怖がらせる罰は与えない

ように注意してください。

 

行動の原因は?

生まれつき恐怖や不安を感じやすい犬もいますが、これまでの経験が大きな影響を与えることがあります。例えば、幼い頃に十分な社会化がなされなかったり、不適切な罰を与えられて怖い経験をするといったものです。もちろん幼い頃の経験だけではありません。成犬となってからのトラウマ(心的外傷)経験が原因となることもあります。

また、今まで平気だったことでも、たまたま体調が悪い時に経験したことがきっかけで防御性の攻撃行動が起きることもあります。例えば、こんなケースがありました。普段はお出かけが大好きなのですが、その日は体調が悪かったという犬がいました。飼い主さんは、そのことに気づかずに電車に乗せるためにキャリーバッグに入れようと抱きあげた途端、突然パニックになったかのように攻撃してきたというのです。痛さや吐き気などといった何らかの不快な思いをしたのかもしれません。それ以来、体調がよくなった今でも、例えば飼い主さんがリードを持つ、洋服を着せる、キャリーバッグに入れようとするなど、お出かけを連想させるようなことをしただけで、ものすごい勢いで唸り、咬んでくるようになってしまったというのです。おそらくお出かけイコール不快感という構図がフラッシュバックのように蘇り、反射的に身を守るための攻撃行動を起こしてしまったのだと考えられます。ちなみに、現在このワンちゃんは、飼い主さんがリードを手にしても落ち着いていられるようになるところから練習中です。

 

“縄張り性攻撃行動”とは

自分の縄張りを守るための行動です

縄張り性攻撃行動は、

犬が自分の縄張りと認識している領域が侵入された時に生じる攻撃行動

をいいます。縄張りとなる場所は、家や車の中、ベッド、休息場所などがあげられますが、このような場所は、犬にとって本来は安心していられる場所であり、それを守るために攻撃行動を発現せざるを得ないということから、背景には不安が存在しているのではないかとも考えられています。

特徴と注意すべきこと

縄張りを守るための行動は、

軽く吠える

といったものから、

唸る

歯を剥く

突進する

毛を逆立てる

咬みつく

などといったものまでさまざまです。もし犬がその相手に接触できる状態であれば、当然咬みつく可能性が高くなり、例えば来客などの場合はけがをすることもあるので、来客中は犬を隔離するといった安全対策を立てる必要があります。

 

行動の原因は?

縄張り性攻撃行動は、

攻撃によって自分の縄張りを防御することに成功したという経験に大きく影響される

と言われています。例えば、宅配業者さんが玄関まで来ると、追い払おうとして攻撃的に吠え続ける犬は多いですよね。業者さんは単に用事が済んだので家から立ち去っただけなのですが、犬にとっては自分が攻撃的に吠えたから追い払うことができたと思い、ますます攻撃行動が悪化することがあります。さらに、そのように吠えている時に、飼い主さんは「やめなさい」とか「うるさい」などと犬に負けないくらい大きな声で注意することがよくあると思うのですが、犬によっては、「一緒に侵入者を追い出そうと応援してくれている」と勘違いしてしまい、ますます張り切って吠えてしまうかもしれません。こういう時は飼い主さん自身が落ち着いて対応することが大切ですね。

この時に、恐怖や不安を増大させるような罰を与えると、その罰と攻撃しようとする相手とを関連付けてしまい、その結果、罰を避けるために、縄張りからその相手を追い払いたいという欲求がもっと増すようになってしまいます。

 

共通するのは”不安”です

恐怖性/防御性攻撃行動も、縄張り性攻撃行動も、根底には不安があります。叱ったり、罰を与えるのではなく、相手は危害を与えるわけではないということをわかってもらい、不安を感じることなく、落ち着いていられるように、トレーニングや条件付けなどの行動療法を時間をかけて行っていくことが大切です。

 

犬の攻撃行動についてのコラム

第1回 犬が威嚇をしてくるのはなぜ?【獣医師解説】

第2回 家族に対して犬が攻撃行動を取る理由【獣医師解説】

第3回 不安からくる犬の攻撃行動【獣医師解説】

第4回 犬がなにかを守ろうとするときの攻撃行動【獣医師解説】

第5回 多頭飼いでは犬の順位付けに気を付けて!【獣医師解説】

第6回 病院で暴れるワンちゃんは何が原因なの?【獣医師解説】

 

犬の「気持ち」「しつけ」「ストレス」に関する獣医師監修記事

<犬の気持ち>

■ しっぽ:犬の“しっぽ”で感情を読み取ろう!

■ しぐさ:行動学の専門家が解説!仕草からわかる犬の気持ち

■ 鼻舐め:犬が鼻をペロペロ舐めるのはなぜ?知っておきたい犬の習性と病気のサインとは?

■ 見つめる:じーっと見つめてくるときの犬の気持ちは?

■ 好き嫌い:愛犬の好きなこと、苦手なこと、きちんと把握できていますか?

■ 他の犬:他の犬に会った時、愛犬はなにを考えているの?

■ 威嚇:犬が威嚇をしてくるのはなぜ?

■ 順位付け:多頭飼いでは犬の順位付けに気をつけて!

■ 転移行動:犬が自分のしっぽを追いかけるのはなぜ? 

■ ストレスサイン:犬のストレスサインとは?どんな行動をするの?

 

<犬のしつけ>

■ 子犬:子犬を迎えたばかりのお家は要注意!そのしつけ、本当に大丈夫?

■ アイコンタクト:全てのしつけに必要!愛犬とのアイコンタクト

■ おすわり:ドッグトレーナーが解説!「おすわり」の教え方

■ 伏せ:犬の「伏せ」に隠された大切な役割と教え方

■ 待て:犬のしつけ「待て」はとっても重要!トレーニングの方法は?

■ おいで:呼んだら来てくれる「おいで」のしつけ

■ 離せ(ちょうだい):愛犬の身を守る、「はなせ」の教え方

■ 拾い食い:拾い食いをさせないためのトレーニング

■ 咬み:噛む犬のしつけ方

■ 無駄吠え:犬の無駄吠えのしつけ方 <原因別に解説>

■ 要求吠え:要求吠えの原因は飼い主が甘やかすこと

■ 飛びつき:犬の飛びつきをなくすためのしつけ

■ クレート:クレートを好きになってもらってお留守番上手に

■ ハウス:犬とのお出かけ前に!ハウストレーニング

■ 留守番:留守番の練習方法

■ 散歩:お散歩中、お行儀よく隣を歩いてもらうために

■ リーダー:怖いボスと頼れるリーダーの違い

■ドッグカフェ:ドッグカフェでいい子にしてもらうためのしつけ

■ 失敗談:みんなのしつけ失敗談。先輩の失敗から学ぼう!

 

<犬のストレス>

 犬の「ストレスサイン」とは?どんな行動をするの?

■ 犬が自分の体を「舐める」のは、ストレスが原因かも

 犬も「歯ぎしり」をするの?その原因と対処法とは?

 犬の「ストレス発散」に最適!ドッグスポーツとは

■ ソファーがぼろぼろ!犬が家の中のものを「噛む」理由は?

■ 愛犬のSOSサイン、見逃していませんか?

 犬が自分のしっぽを追いかけるのはなぜ?

 

愛犬の行動から、病気の可能性を調べてみる「うちの子おうちの医療事典」

「うちの子」の長生きのために、年齢や季節、犬種など、かかりやすい病気や、症状や病名で調べることができる「うちの子おうちの医療事典」をご利用ください。 

例えば、愛犬の「行動」から、考えられる病気を調べることもできます。健康な毎日を過ごすため、知識を得ておきましょう。

■ 足をあげる

■ 歩かない

■ 頭を振っている

■ ふらつく

■ ぐるぐる回る

■ 遠吠えをする

■ 性格が変わる

菊池 亜都子
東京大学附属動物医療センター 行動診療科

菊池 亜都子

詳細はこちら

関連記事

related article