犬は、原種であるオオカミが持つ社会性というユニークさによって、役立つ動物として人間と生活するようになった結果、生まれた動物です。狩猟犬から始まり、人々の暮らしの変化や地域による文化の違いに合わせて改変が重ねられ、新しい犬種がどんどん生み出されてきました。今回は犬が人との歴史の中でどのように飼われ、多様化してきたのか、犬の歴史について紹介します。

 

 

古代人と犬の関係とは?


 

世界で最も古い飼い犬の絵は、9000~8000年前のサウジアラビア北部、ハイール地方の岩絵とされていて、そこには349匹もの犬が描かれていました。くるりと背中の上で丸まったしっぽに尖った耳、短めの鼻面は、現代のカナーンドッグを思わせるような姿で、狩猟犬として活躍するシーンが数多く描かれています。ひもでつながれ、人間に引かれていたり、鹿や牛のなかまを追いかけていたり、人間と一緒にライオンと戦う姿もあります。

このような狩猟は古代犬の大きな役割の1つでしたが、ほかにも古代エジプトでは神様のモチーフになるなど大切に飼われていたり、ミイラにする目的のために飼われていたりしたこともあったようです。また、都市国家同士の戦争のために、古代エジプト、ギリシャや中国など世界各地で軍用犬が活用されました。

その後古代ローマでは、軍用犬や番犬のほか、愛玩犬や牧羊犬も現れたようです。このころから、犬の性質や外見を飼育目的に合うように改変、選択され、犬種の原型ができたとされています。

 

 

中世ヨーロッパで犬種の多様化が始まる

 

 

この時代になると、犬にはさらに幅広い労働や愛玩動物としての役割が与えられ、人々は積極的に犬の交配を管理し、犬種を作り出すようになりました。特にヨーロッパ貴族の間で流行った娯楽としての狩りがその大きなきっかけになったとされます。鹿を狩るのか小動物を狩るのかによっても犬種が生まれ、また銃が導入されると狩猟方法の変化によっても新しい犬種が生まれました。嗅覚と追跡に優れたもの、視覚に優れたもの、あるいは泳ぎが得意な犬種などです。

その一方、王侯貴族の間では愛玩動物としての地位も確立し、毛並みの美しさや可愛らしい外見、従順性などが重宝され、愛玩用の犬種も作られるようになりました。

 

 

近代ヨーロッパで始まった品評会が、犬の多様化を加速

 

 

近代に入ると、ヨーロッパでさらに犬種の多様化が加速しました。それは、18世紀中頃に裕福層で始まった犬の品評会が始まりです。その流れは19世紀に入るとさらに庶民へと広がります。産業革命によって金銭的に余裕のできた中流階級の人々も犬を飼えるようになったからでしょう。愛玩犬として小型犬種が増えたのもこのころです。愛犬家も現れ、品評会はドッグショーとして本格的に審査されるようにもなりました。ドッグショーもまた、さまざまな犬種を生み出す原動力になったのは言うまでもありません。そして増えていく犬種の審査基準を定めるためにも1873年にイギリスでケネルクラブが設立されたのです。犬種標準を確立し、血統を登録した犬籍簿が作られました。ちなみに畜産動物保護に関わる法律の発祥もイギリスであり、1822年にマーティン法が成立しています。現代もヨーロッパに愛犬家が多いのはこのような歴史があったからでしょう。

今日、ケネルクラブに登録されているだけでも350もの犬種があるとされていますが、その多くはこの時代に作られたものです。

 

犬と私たち人間は、非常に長い歴史を共に歩んできました。家族の一員として犬を迎えることが当たり前の時代となった今こそ、私たちは犬を大切なパートナーとして再認識し、本当の意味での共生を志す必要があるでしょう。

 

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ワンペディア編集部

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