ここでは、犬の⾻折による「後遺症」や「合併症」について解説します。骨折の治療がうまくいかなかった場合の原因について考えていきます。
骨折の後遺症には、どのようなものがあるのか?
⾻が折れてしまった結果、⼿術を受けると後遺症が残るのでは? というご質問を飼い主さんからいただくことがあります。
後遺症には、
「ケガ」によって引き起こされるもの
と
「⼿術」によって引き起こされるもの
があります。
人間の場合には、
・外貌の変化(鎖⾻が浮き上がるなど)
・ズキズキした痛みが続くこと(CRPS: Complex regional pain syndrome 複合性局所疼痛症候群)
・指先の痺れなどの神経障害
・関節の可動域制限が引き起こされ、思ったように体が動かせないこと
・脊髄をはじめとする⼤きな神経にダメージを負い、⾜を動かせなくなったり、排泄に異常をきたすこと
などが挙げられます。このような後遺症は、その障害の程度で細かく分類されています。
一方、動物では、繊細な作業(鉛筆で書く、PCのキーボードを打つ、スポーツなど)をすることがないため、そのような細かい神経障害の判定はできません。また、持続する痛みや違和感を訴えることもできないため、骨折した犬本⼈の主観的評価ができません。このことから、「客観的な評価による後遺症の判定」のみが実施可能です。
●犬の骨折の後遺症
⼀般的に犬の骨折の後遺症には、
-
関節⾯を含んだ⾻折による、⼆次的な「関節炎」や「関節構造の破綻」(膝蓋骨脱臼など)
-
神経にダメージがあるような外傷を負ってしまった場合の「神経異常」
-
ギプスなどの外固定を⻑期にわたって使⽤しなければならなかった場合の「関節可動域の低下」や「関節炎」
が知られています。また、⼿術の実施如何にかかわらず、
-
⾻が癒合した後に、本来の⾻の形から逸脱した形状になってしまい、「歩き⽅に異常」を来たすこと
があります。
これらの後遺症は、外傷の内容が最も影響します。ただし、手術の内容も重要な要素であり、初回の手術が的確に行われることで手術回数を抑えられたり、高い精度の手術により身体への負担を低減(侵襲度を低減)できたりすることも影響を及ぼします。
再⼿術の判断、再⾻折事例と原因、癒合不全の発⽣率
●再手術が必要になるケース
外科⼿術で⾻折治療を⾏なった場合、残念ながら再⼿術が必要となる場合もあります。⾻折⼿術を⾏なった後、
ほとんどの骨折したワンちゃんはおおよそ4⽇−7⽇ほどでしっかりと⾜を地⾯に着く
ようになります。しかし患部の痛みから、
⾜を上げたままにしているような場合には、再⼿術が必要になる
かもしれません。
●再手術が必要となる最大の要因は、「骨の固定の破綻」
再⼿術を⾏わなければならなくなる1番の要因は、「⾻の固定の破綻」です。骨の固定の破綻とは、折れた⾻同⼠をつなげている固定具が、役に⽴たなくなった状態を意味します。
骨の固定の破綻が起きてしまうと、
⾻折部位に炎症が引き起こされて、細菌感染が起こりやすくなってしまいます。
このようにして起こる感染は、耐性菌と呼ばれる治療薬(抗⽣剤)に抵抗性を持つ菌が出現してしまうことが多くあります。このような状況を回避するには、⾻の固定の破綻が疑われる場合に即時の⼿術を行うことが重要です。
●手術後「足をあまりつかない」状態なら専門医の受診を
では、どのような場合に⾻の固定の破綻を疑うのでしょうか。⾻折が痛みを⽣む仕組みを思い出していただくと想像がつきやすくなります。
⾻⾃体は、痛みを感じることはなく、⾻の周りにある⾻膜で主に痛みを感じています。このことから、
⾻の固定の破綻が起こると、⾻膜がずれることで痛みが⽣じます。
またこの痛みは、
⼿術部位に引き起こされる単純な細菌感染でも⽣じます。
細菌感染のみが引き起こされており、⾻の固定に破綻が⽣じていない場合は、手術は過剰な選択となってしまうことがあります。手術後に痛みが生じた場合、この痛みが骨膜のずれによるものか、細菌感染によるものかを判断することは困難なものです。⾻折整復⼿術を受けた後に、「⾜をあまりつかないような状態」になってしまった場合には、専⾨医を受診することがお勧めされます。
再⾻折事例と原因、癒合不全の発⽣率
●手術後の安静が守れず、過度な運動負荷が招く再手術
当院での再手術事例では、飼い主様のご⾃宅で安静が困難で、⾶び降りてしまった例や、他院で⼿術が実施され、⾻に感染が起こってしまっていた例などがあります。発生率の実績では、初回⼿術を当院で実施した後に再⼿術に⾄ってしまった確率は1.5%で、再手術のうちの66%は、過度な運動負荷(安静指⽰期間に安静を守れなかった例)によって引き起こされていました。
そのほかの症例は、超⾼齢であり、⼿術⾃体の⽬的を⾻癒合とせず、固定することで疼痛を除去してあげること⽬的として⼿術を実施した例でした。
他院での⾻折治療後に癒合不全を呈した症例の治療実績は 36 例で、⼤きな⾻⽋損を⽣じていた症例もありますが、幸運にも全ての⼦たちを治癒に導くことができています。
この不運にも癒合不全となってしまった⼦たちの中で、⼿術後に安静指導とその遵守ができていれば治癒したかもしれない⼦たちが含まれます。
このことから
骨折手術後、安静を徹底することが、⾻折治療を成功に導くために⽋かせない
ことがよくわかります。
骨折の合併症
「骨折発生! もしかして骨折? を含めた応急処置と対処法~犬の骨折③」で、命の危険に関わる⾻折の合併症について触れましたが、ここではその症状を具体的に解説していきます。
<命の危険に関わる骨折の合併症>
命の危険 |
合併症 |
骨折要因 |
高 |
頭部外傷 肺挫傷 血腹 泌尿器損傷(膀胱破裂など) |
⾼所落下(3階以上から落下など) |
交通事故 |
||
咬傷事故 |
||
中 |
脊髄損傷 軟部組織損傷(切り傷など) |
⾼所落下 |
交通事故 |
||
咬傷事故 |
||
低 |
― |
落下(飼い主様の胸元から、椅⼦から落下など) ⾃⼒運動(ジャンプして着地失敗など) |
◆頭部外傷
意識消失、ふらつき、⽬の揺れ、左右の眼が違う⽅向に向くなど、顔をよく⾒ると普段と何か違うと飼い主様が感じられた時は、頭部外傷を合併しているかもしれません。
このような変化がない限り、頭の中を⾒る検査(断層撮影:MR)は⿇酔を必要とすることもあり、あまり行いません。ただし、受傷直後にこのような症状がなくとも、数⽇経ってから突如として症状(突然死を含む)が出ることもありますので数日間は経過観察が必要です。
◆肺挫傷・気胸
外力で生じた肺挫傷や気胸は、呼吸機能が低下することから、呼吸回数の増加が⾒分けやすい基準となり得ます。しかし、⾻折して痛みがある場合には、呼吸回数が正常より多くなるため「呼吸機能に関する異常所⾒」であると判断できません。そこで病院でX線検査を受けることがお勧めされます。治療は、ほとんどの場合、酸素室で安静などの内科的な処置となりますが、ごく稀に⼿術が要求されます。
◆⾎腹
お腹の中の臓器、主に脾臓や肝臓に⻲裂が⼊ることで引き起こされる出⾎です。徐々にお腹が膨れてくることが多く、応急処置として腹帯を巻いてあげると出⾎を軽減できる可能性があります。治療には、ほとんどの場合外科⼿術が要求されます。
◆泌尿器損傷
尿を作る腎臓から膀胱、そこから先の排泄ルートに損傷が起きてしまうことで、主にお腹の中に尿が漏れてしまいます。この損傷は、飼い主さんが⾒つけることは不可能ですので、病院で検査を受けましょう。治療には外科⼿術が要求されます。
◆脊髄損傷
背⾻の中にある脊髄と呼ばれる、脳から筋⾁などの末梢組織へ運動指⽰などを伝達する組織の損傷です。これが引き起こされると、⾜に⿇痺が生じてしまいます。同じような症状でも、脊髄ショックと呼ばれる⼀過性の症状のみを呈して回復するケースもあり、この状態であれば受傷後2−3⽇で⼤きな改善が認められます。脊髄損傷が引き起こされてしまった場合、その原因に対処するための外科⼿術を実施しますが、外科手術後およそ2か月⾒当までの回復が上限となることが多いと考えられています。
このように、骨折の合併症は、強い外⼒が原因で起こっているため、命の危険に及ぶ場合がある点に、留意する必要があります。
動物整形外科の専門医・木村太郎先生監修「犬の骨折」記事
第1回:動物整形外科専門医の視点で語る「愛犬を骨折させてはいけない理由」
第3回:骨折発生! もしかして骨折_ を含めた応急処置と対処法
第4回:動物の整形外科とは?~骨折治療の得意な先生の探し方ヒント
第6回:骨折の治療法完全ガイド
第7回:⾻折で発⽣する後遺症と合併症 (本稿)
アイペット獣医師による【うちの子 HAPPY PROJECT】の骨折対策
飼い主さんの「あのとき知識があれば防げたのに…」
★「うちの子」の長生きのために、気になるキーワードや、症状や病名で調べることができる、獣医師監修のペットのためのオンライン医療辞典「うちの子おうちの医療事典」をご利用ください。
例えば、下記のように「骨折の特徴」と似た病気やケガを、さまざまな角度で知ることができます。 健康な毎日を過ごすため、知識を得ておきましょう。
□ 子犬に多い
□ 小型犬に多い
□ 緊急治療が必要
□ 手術費用が高額
□ 長期の治療が必要
□ 予防できる
骨折しない犬に育てる「ワンペディア」関連記事
■「まて」の練習で興奮を鎮静:「犬のしつけ「待て」
■「ハウス」で静かにできる子に:「クレートを好きになってもら
■「子犬」の危険を排除する室内:「子犬のためのお部屋作り」
■「骨折させない」工夫:「室内での骨折に要注意!
「ワンペディア編集部」では、