一言に骨折の治療といっても、単純骨折、複雑骨折など様々な折れ方があるため、その治療法は折れ方と折れた骨によって決めていきます。ここでは、骨折した場合のシミュレーションとして、「骨折から完治までの一般的な治療過程」にそって、それぞれのタイミングで、注意すべき点を解説します。
骨折の定義(脱臼や捻挫との違い)
●骨折とは?
骨折の定義は、
「骨と周囲軟部組織を含んだ複雑な組織損傷」
とされています。
骨折は読んで字の如く、骨が折れることですが、骨が折れるとその周りの組織も破壊されてしまいます。
骨折は、いくつかの分類方法によって分類されます。
● 骨折の程度・型による分類
● 外傷との関係性による分類
● 要因による分類
●骨折が発生しやすい『子犬期の骨折』では、骨の成長への悪影響で分類
成長期にある子犬期の骨折の場合は、骨を成長させる役割を担っている「成長板」に及ぼす影響、すなわち「骨の成長への悪影響の度合い」で、骨折を分類できます。
<骨の成長への悪影響の度合いによる骨折の分類「ソルターハリス分類」>
また、骨の成長に必要な「成長板」を含む骨折が、発生から完治に至るまでの一般的な治療過程(タイムライン)は、下の図Aのようになります。
受傷当日での受診では、骨折部位の仮固定と骨折以外の傷害への処置が行われます。
ここでのポイントは、
受傷当日の受診から、骨折部を固定する手術までの日数は、関節部を含む場合はできるだけ早く、通常は4日以内(※)に手術する
ことが肝要です。(※交通事故などの大きな力による外傷を伴う場合で10日以内)
図A <成長板を含む骨折の治療過程>
※図に表記している入院期間や、術後健診の間隔などは、症状や病院によって異なります。
また子犬の骨は成長段階にあるため、骨折後も骨が成長します。骨の成長する部位は「成長板」と呼ばれ、骨の両端に存在していますが、骨折などの強い外力が骨にかかると、「成長板」に影響を及ぼして、成長が止まったり遅くなってしまうことが稀にあります。部分的な成長の遅れが出てしまうことで「骨変形」と呼ばれる、骨が曲がった状態が引き起こされてしまうことがあります。
骨折治療そのものがうまくいっても、骨折した時点で「成長板」に障害が引き起こされている場合は「骨変形」が引き起こされる可能性があるため注意が必要
です。「骨変形」は、骨格の成熟後に手術(関節救済手術・矯正骨切り術)を行うことで治療します。
<骨変形の写真(治療前)>
<骨の成長後に「矯正骨切り術」を行った写真>
<完治した写真>
骨折から完治までの一般的な治療過程と、段階別のポイント
骨折治療は、皮膚などの外傷と比較して長い期間を要します。ここでは、骨折の部位別に、治療経過を段階ごとに分けて、注意するポイントに追ってみます。
●「橈尺骨」骨折の治療過程
小型犬で特に発生率の高い、「橈尺骨」骨折の一般的な治療過程は図1のようになります。手術後、約3か月後の全インプラント除去まで、多くの場合は、3−4週間ごとに1度のX線検査を実施し、その期間の安静が必要です。(粉砕骨折や複雑骨折(開放骨折)は、さらに治療期間が長くなります。)インプラント抜去を実施しない場合には、術後2年まで、半年ごとに検診をします。ここでは、骨折発生から完治まで、段階ごとに飼い主さんがおさえておくべきポイントを解説します。
図1 <橈尺骨 骨折の一般的な治療過程>
※図に表記している入院期間や、術後健診の間隔などは、症状や病院によって異なります。
●初期治療のポイント
骨折は激しい痛みを伴う怪我です。このことから、受傷直後のワンちゃんは激しく発揚し不安になります。
「大丈夫」などの声掛けは、ワンちゃんの不安を少しでも取り除くことにつながります。
このとき、飼い主さんも動揺されていることが多くみられ、大声でお声がけされてしまうことがあります。この様子によって、ワンちゃんがさらに興奮状態になってしまうことがあります。少し落ち着くまで、本人が大きな動きをしないように抱いてあげたり、動きが小さくなるようにしてあげましょう。詳しくは(第3回)「骨折発生! もしかして骨折_ を含めた応急処置と対処法」もご一読ください。
初期の興奮がおさまってきたら、診察が可能な動物病院を探しましょう。
ご自宅やその周囲で骨折してしまった場合は、かかりつけ医にご連絡をしてみましょう。
夜間であると、夜間緊急病院でしか診療を受け付けてもらえないことがほとんどです。
あらかじめ、ご自宅付近の夜間緊急診療を受け入れている病院を探しておくこと。また、ご旅行先などであれば、その周辺で診療している動物病院や夜間緊急診療を受け付けている病院を探しておきましょう。
詳しくは、(第4回)『動物の整形外科とは?~骨折治療の得意な先生の探し方ヒント~』も合わせてご覧ください。
●病院に到着後のポイント
病院に到着すると、骨折があるかないか、その他の外傷がないかの確認になります。
<骨折のみではなく、他に大きな外傷がある場合>
まず生命維持に必要な大事な臓器に対する治療
から始まります。
<その他の大きな外傷が認められない場合>
骨折部を安定化するため、また過剰な腫れを抑えるために包帯を巻いて固定する処置
が行われます。
これらの処置と治療が行われた後は、骨折手術の予定を立てることになります。第4回で記載の、『骨折治療(整形外科治療)をお願いするにあたって必ず確認しておいた方が良いこと』を参考に、先生と相談しましょう。
<診察を受けた病院が骨折治療を実施している場合>
その後の治療の相談
となります。
<骨折治療を実施していない病院で初期治療を受けた場合>
移動が可能な状態になった段階で、整形外科手術が可能な病院へと移動
します。
このように、初期治療では、
骨折以外の大事な臓器の傷害があるか否かをしっかり判断してもらい、治療をしてもらう
ことが肝要です。
●手術前のポイント
<診察を受けた病院が骨折治療を実施している場合>
多くの場合は、
初回診察時から入院〜手術
となります。
そのため、診療を受けた病院ではなく、整形外科専門医の診療を希望する場合には、なるべく早く初期治療後の治療の相談をする必要があります。詳しくは、第4章「骨折治療(整形外科治療)をお願いするにあたって必ず確認しておいた方が良いこと」を、ご確認ください。
<骨折治療を実施していない病院で初期治療を受けた場合>
移動が可能な状態になった段階で、整形外科手術が可能な病院へと移動しますが、その場合、
病院から病院へと移動する
のみとなる場合が多く、内服薬の処方はないことがほとんどです。内服薬を処方された場合は、しっかりと服用しましょう。
●手術後のポイント
処方された鎮痛剤などの服用や安静管理など、
獣医師から出された指示をしっかり守る
ように努めましょう。
骨が治る仕組みから、絶対安静が必要
ケージの中にずっといることが可哀想に感じますが、
安静は治療期間が短くなる最も重要なポイント
です。
ケージの中で吠えたり、自己アピールをしても、かわいそうですが心を鬼にして無視してください。その分
静かにしている時にケージから出して、抱いて可愛がってあげましょう。
お仕事などで長時間家を空ける場合は、
ケージの中に飲水できる環境、排泄できる環境と寝ていられる環境を整備
して、長い時間のひとり時間に対応できるようにしてあげましょう。
エリザベスカラーは獣医師から外して良いという指示があるまで24時間ずっと着けましょう。
皮膚を切った部位をかじってしまうと細菌感染につながりますし、ギプスをしている場合にはこれを誤食してしまうことがあります。エリザベスカラーの装着はこれらを防ぐために重要です。
●骨折が治るまでのポイント
骨折が治るという表現には大きく分けて「骨癒合」と「完治」があります。
骨癒合とは
X線検査で骨折線が見えなくなった段階、
または
仮骨という骨になる前段階の骨組織によって骨折線の橋渡しが完了した段階
を意味します。この段階では、まだ骨にその強度が戻っていると判断できません。
よって、骨癒合の場合、
運動制限はまだ必要
です。
完治とは
完治は、病気やケガが完全に治ることを意味するため、「骨癒合」とは異なります。
骨癒合が達成された後に、X線検査で健常な骨と同様に戻った段階
で完治とします。
完治をした後に、運動制限は必要なくなります。
獣医師から、「骨癒合が得られた」という説明を受けた後も一定の安静が必要となるのは、上記通り、意味に違いがあるためです。
骨折部位別の一般的な治療過程
骨折部位によって、治療方法や治療過程が異なりますので、以下の図で、部位別の一般的な治療過程を記載します。
遠位の関節内骨折(関節の内部で起こる骨折)では、 跛行(はこう:足を引きずって歩いたり、手を挙上したりすること)が残る場合や、関節炎を発症することがあります。
●脛骨骨折
※図に表記している入院期間や、術後健診の間隔などは、症状や病院によって異なります。
●上腕骨骨折
※図に表記している入院期間や、術後健診の間隔などは、症状や病院によって異なります。
遠位の関節内骨折(関節の内部で起こる骨折)では、 跛行(はこう:足を引きずって歩いたり、手を挙上したりすること)が残る場合や、関節炎を発症することがあります。
●中手・中足骨骨折
※図に表記している入院期間や、術後健診の間隔などは、症状や病院によって異なります。
●大腿骨骨折
※図に表記している入院期間や、術後健診の間隔などは、症状や病院によって異なります。
●骨盤骨折
※図に表記している入院期間や、術後健診の間隔などは、症状や病院によって異なります。
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アイペット獣医師による【うちの子 HAPPY PROJECT】の骨折対策
飼い主さんの「あのとき知識があれば防げたのに…」
★「うちの子」の長生きのために、気になるキーワードや、症状や病名で調べることができる、獣医師監修のペットのためのオンライン医療辞典『うちの子おうちの医療事典 』をご利用ください。
例えば、下記のように「骨折の特徴」と似た病気やケガを、
□ 子犬に多い
□ 小型犬に多い
□ 緊急治療が必要
□ 手術費用が高額
□ 長期の治療が必要
□ 予防できる