糖尿病は人の生活習慣病のひとつとしてよく知られていますが、犬や猫でも起こる病気です。肥満の犬がかかりやすいと言われていて、発見が遅れてしまうと昏睡など命に関わるような状況を引き起こす可能性があります。ただし、早期に発見して適切な治療を受けさせてあげることができれば、安定した状態を保つことができる病気なので、まずは糖尿病のメカニズムや治療について飼い主さんが理解を深めることが大切です。詳しくは「愛犬の肥満、放置しておくと大変なことに!【獣医師解説】」もご一読ください。

 

糖尿病が起こるメカニズム

糖尿病とはその名の通り、尿に糖が出てしまう病気です。正常では尿中に糖が出ることはほとんどありませんが、血液中の糖(血糖値)が異常に増えてしまうことにより、余分な糖が尿に出てしまいます。ではどうして血液中の糖が異常に増える現象が起こってしまうのでしょうか?それは膵臓から分泌される「インスリン」というホルモンが不足することによって起こります。

 

インスリンとは?

細胞が活動するためにはエネルギーが必要です。筋肉だけでなく、生命活動を維持するために必要な脳や心臓、肺などの臓器も、エネルギーがなければ活動することはできません。エネルギーの元となるのは、食べ物に含まれる「ブドウ糖」という物質。食事で取り込んだブドウ糖は、血液に乗って体中に届けられます。ただし、通常時の細胞には鍵がかかっているため、ブドウ糖が流れてきても取り込むことはできません。細胞の鍵を開き、ブドウ糖を取り込めるようにするのが「インスリン」なのです。食事をして血中のブドウ糖が増えると、膵臓の中のランゲルハンス島β細胞という場所でインスリンが作られ、分泌されます。インスリンの働きにより、ブドウ糖が細胞の中に取り込まれるようになり、その結果、血糖値(血中のブドウ糖濃度)が下がります。

 

糖尿病の原因

糖尿病には2種類のタイプがあると言われています。タイプによって原因は異なります。

インスリン分泌量が減少する「I型」とその原因

インスリンは膵臓のランゲルハンス島β細胞で作られるのですが、この細胞が疲れてしまうことで、インスリンが生成されなくなります。細胞が疲れる原因は様々ありますが、遺伝的なものだったり、膵臓が炎症をおこしたり(膵炎)することが挙げられます。また、避妊手術をしていないメスの発情期の後や、クッシング症候群にかかっている犬では、インスリンの働きを妨げるホルモンがたくさん分泌されるのですが、そのホルモンのせいでランゲルハンス島β細胞が疲弊しまうのです。インスリンの働きを妨げるような薬を投与されている場合も同じです。I型糖尿病は、生涯にわたるインスリン投与が必要となるので「インスリン依存性糖尿病」とも呼ばれます。犬ではI型に近いタイプが多いとされています。

 

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インスリンが効きにくくなる「II型」とその原因

膵臓からきちんとインスリンが分泌されていても、それを受け取る体の反応が鈍くなることで細胞内にブドウ糖が上手く取り込まれなくなるのがII型です。食べ過ぎや運動不足などの生活習慣が関係していることが多く、十分にはたらけるランゲルハンス島β細胞が残っているうちに生活習慣を改善することができれば、インスリン投与を必要としません。そのため「インスリン非依存性糖尿病」とも呼ばれます。ただし、ランゲルハンス島β細胞がインスリンをたくさん分泌しても、十分に活用されず、やがて細胞が疲弊してインスリンを分泌できない状態に陥ってしまった場合には、I型糖尿病に移行するので注意が必要です。猫ではII型に近いタイプが多いとされています。

 

糖尿病にかかりやすい犬

 

□ 肥満体型:糖尿病に限らず、さまざまな病気の原因となります。

□ 性別:犬では♂より♀の方がなりやすく、特に避妊手術を受けていない雌犬ではリスクが高いとされています。

□ 年齢:中〜高齢犬で多く、8歳前後が発症のピークとされていますが、若齢犬でもなることがあります。

□ 犬種:ダックスフントプードルシュナウザーなどは糖尿病にかかりやすいといわれていますが、他のさまざまな犬種で発症します。

□ かかっている病気:副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)膵炎にかかっている犬では、発症リスクが高まります。

 

糖尿病になるとどうなるの?

犬の糖尿病は、以下のような症状が特徴です。

 

□ 尿の量が増える

□ 水を飲む量が増える

□ 食欲はあるのに体重が減る

□ 嘔吐下痢をする

 

血液中の糖が過剰になると、あふれた大量の糖は尿へ出るようになり、同時に水分も一緒に出て行ってしまうため尿の量が増加します(多尿)。水は濃度の濃いものに寄っていく性質を持っています。たとえば塩をふったキュウリを思い浮かべてみてください。キュウリの中の水分が抜けていきますよね。あの原理と同じで、尿中に砂糖が漏れ出るようになると、砂糖に水分が引っ張られ、尿の量が増加します。尿の量が増加すると体は脱水を起こすので、のどが渇いて水をたくさん欲するようになります(多飲)。このようなことから、犬の糖尿病では尿量と飲水量が増える「多飲多尿」という症状が多くみられます。

 

 

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危険な合併症

糖尿病が進行すると、さまざまな臓器に影響を与え、白内障・神経障害・糖尿病性腎症・肝障害・細菌感染などの合併症を起こすことがあります。中でも特に注意が必要なのは「糖尿病性ケトアシドーシス」です。糖尿病になると血液中に「ケトン体」という物質が増え、ケトン体が血液を酸性(正常では弱アルカリ性)にしてしまうことでケトアシドーシスが起こります。糖尿病性ケトアシドーシスは、糖尿病にかかっている犬に突然起こる合併症であり、一刻を争う状態です。初期の症状として、水を飲まなくなる・食欲や元気がなくなる・嘔吐や下痢をする、などが挙げられます。最悪の場合昏睡や意識障害を起こしたり、死に至る可能性もある危険な状態なので、このような症状がみられた場合はすぐにかかりつけの病院を受診し、迅速な治療を受けることが必要です

 

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獣医師は糖尿病をこうやって診断している

問診により、多飲多尿の有無、体重や食欲の変化、嘔吐・下痢はないかなどを確認します。そして空腹時に高血糖になっているかどうかを血液検査でチェックし、尿糖の検出・ケトン尿の有無を尿検査で確認します。糖尿病の診断のポイントは「高血糖」と「尿糖」が同時にみられることです。糖尿病にかかっていなくても、ストレスが原因で高血糖になったり、腎臓病が原因で尿に糖が漏れ出ることがあります。そのため、糖尿病と診断をする場合は、高血糖と尿糖が同時に検出されていることが必要となります。

 

糖尿病の治療法

 

糖尿病の治療の目的は「血糖値のコントロール」と「合併症の予防」です。そのために、以下の3つが治療のメインとなります。

インスリン療法

犬の糖尿病ではインスリン注射が必要な場合がほとんどです。インスリン療法を始めるときには、「どの種類」のインスリンを、「1日何回」・「どれくらいの量」打ったら血糖値が安定するのかを見定めるため、入院しながらモニタリングをする場合が多いです。自宅に帰ってからは、飼い主さんがインスリン注射を行うことになるので、獣医さんと一緒に注射のやり方を練習するようにしましょう。インスリン療法を始める際には、治療日誌をつけることもおすすめです。日誌にはインスリンを注射した時間・量、食事の種類とその量、体重、飲水量や尿量に変化はないか、などを日々記録するようにするとよいでしょう。また可能であれば、散歩中の排尿の際に尿試験紙を使って尿糖やケトン体が出ていないかどうかを確認するのもよいでしょう。

 

インスリン療法の副作用

インスリン注射により血糖値が必要以上に下がりすぎてしまうと「低血糖」になります。低血糖は命にかかわる危険な状態です。元気がなくなって体の力が抜けたり、震えや発作などの症状がみられた場合は、すぐにかかりつけの動物病院に連絡してください。低血糖症については「子犬は要注意!短時間で死に至る「低血糖症」とは【獣医師解説】」もご一読ください。

 

食事療法

糖尿病の食事は、食後の血糖値の変動がなるべく少ないものが適しています。
食事の種類や量、回数などを獣医さんと相談するようにしましょう。食事療法とインスリン療法と組み合わせることで血糖値をコントロールしやすくなりますが、低血糖を起こさせないために、「食事を完食したことを確認してからインスリンを注射する」、「食事を残していたらインスリンの量も減らす」などルールを決めておくことも重要です。

 

輸液療法

脱水がみられたり、血液中のイオンバランスが崩れてしまったりしている場合には、輸液が必要となることもあります。糖尿病の治療は犬と飼い主さんの二人三脚です。病気そのものを完治させることは難しく、生涯インスリンが必要となる場合がほとんどですが、適切な血糖値のコントロールができれば良好な状態で過ごすことができます。ただし、低血糖を起こすと死に至ることもあるので注意が必要です。必ず定期検診を受けるようにしましょう。定期健診については、「受けていてよかった!愛犬の定期検診」もあわせてご覧ください。

 

犬種や季節、年齢など、うちの子がかかりやすい病気を調べて予防するため、「うちの子おうちの医療事典」を、ぜひご利用ください。

 

「うちの子おうちの医療事典」で、「糖尿病」に関連する病気を調べてみましょう。

糖尿病

膵炎

クッシング症候群

白内障

低血糖症

 

 

 

☞例えば、下記のような切り口から、さまざまな病気やケガを知ることができます。  健康な毎日を過ごすため、知識を得ておきましょう。

 

【治療面】■ 再発しやすい ■ 長期の治療が必要 ■治療期間が短い ■ 緊急治療が必要 ■ 入院が必要になることが多い  ■手術での治療が多い ■専門の病院へ紹介されることがある ■生涯つきあっていく可能性あり

【症状面】■ 初期は無症状が多い ■ 病気の進行が早い

【対象】■ 子犬に多い ■ 高齢犬に多い ■男の子に多い   ■女の子に多い ■ 大型犬に多い ■小型犬に多い

【季節性】■春・秋にかかりやすい ■夏にかかりやすい

【発生頻度】■ かかりやすい病気 ■めずらしい病気

【うつるか】 ■ 他の犬にうつる ■ 人にうつる ■猫にうつる

【命への影響度】 ■ 命にかかわるリスクが高い

【費用面】 ■ 生涯かかる治療費が高額 ■手術費用が高額

【予防面】 ■ 予防できる ■ワクチンがある

 

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フクナガ動物病院 獣医師

福永 めぐみ

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