ペットの安楽死について考えたことはありますか?
日本において「安楽死」はタブー視されがちですが、果たしてそんなに「いけない選択」なのでしょうか。

 

ペットが重い病気で回復の見込みがない 、高齢で普通の生活すらままならなくなった時、スウェーデンでは多くの飼い主が安楽死という選択肢を考慮に入れるものです。無理に治療を続けて苦しみを続かせることを考えたとき、場合によっては決して「罪なる」な選択肢ではないというのが私の個人的な意見です。
というわけで 欧米と日本の違いと実際に安楽死の選択をした私の知人の話を例にして紹介します。

日本と欧米での違いは?

死を忌み嫌う風潮のある日本ではまだ「安楽死」に対するマイナスなイメージを持っている方も多いと思います。一方、欧米ではペットのために安楽死を選択するケースもあります。日本と欧米では安楽死に対する考え方はどのような違いがあるのでしょうか?

キリスト教に基づいた考え

キリスト教では「すべての生き物に対する責任は、人間に託されている」と考えられています。要するにキリスト教では殺生は罪にならないのです。そのため欧米では日本に比べ安楽死が受け入れられやすくなっているのではないでしょうか?

 

また、哲学者であるデカルトは次のように考えたといわれています。

人は魂を持った生き物、動物は魂を持たない、よって経験をするという能力を持たない 。神というのはなんと素晴らしい機械を作ったのだろう!  」

キリスト教の思想に基づいてこのように考え方を発展させた人もいました。

仏教の「不殺生」の思想

仏教の基本的な思想の中では「不殺生」というものがあります。この思想が日本人の安楽死へのマイナスイメージを作り出している原因とも考えらます。

安楽死よりも「自然の赴くまま」に任せた方がいい、つまり自然死の方がいい、と主張する人もいるわけですが、ならば、検査に検査を重ねたり、手術や投薬だらけにしたりする技術の医療は自然に沿ったものなのか、と個人的に感じることがあります。犬や猫がもし本来の自然世界にいれば、きっと森のどこかにうずくまったままそのうち体を弱らせ静かに死をむかえるのではないかと…。

実際に安楽死を選択したアンブリットさんと愛犬ヴィルマ

突然突きつけられた現実

ヴィルマの様子がなんとなくおかしいことに気がついたアンブリットさんは、「食べ物がいけなかったのかな?」くらいの軽い気持ちで愛犬を獣医に連れて行きました。そこで思わぬ診断をもらうことになりました。どうやら悪性の腫瘍ができているらしいということ。手術することもできるがその成功率は五分五分、もちろん手術をせずに安楽死の選択肢もある、と説明を獣医から受けました。

 

ヴィルマは10歳でしかも大型犬でした。しかしアンブリットさんは、この悲しい展開があまりにも突然だったためヴィルマを失う心の準備ができていませんでした。それ故、即決で「手術」を選びました。

一時的に成功したが・・・

一時的に手術は成功しましたが、検査の結果ガンは身体中に広がっていることも分かりました。その後、クリニックへ往復の日々が続きましたが回復は芳しくなく、薬の副作用まで現れてきました。痛み止めを投与しましたが、今度はそのために胃腸を壊し、とうとう血を吐いてしまうことに。緊急でクリニックに駆け込むと獣医師は「もう歳だから、今後の治療もヴィルマにかなり辛くなるよ」と彼女に告げました。つまり「安楽死を考えたらどうですか」と間接的に伝えられたわけです。

 

でもアンブリットさんは、やはりまだヴィルマに生きて欲しい、なんとか命を繋いで欲しいとお願いをしました。と、その横でヴィルマはさらに口から血を吐いていました。それを見た瞬間アンブリットさんは「一体、私、何をやっているんだろう」と我に返ったと言います。

誰のための治療なのか

「結局、これヴィルマのためじゃなくて、私のための治療だったんじゃないかって。だって、ガンが発覚してから彼女の気持ちに平安がおとずれたことなんて一度もなかった、それどころか獣医に通い詰め、検査をしたらまた次の検査、さらなる薬の投与。ヴィルマにとっての尊厳のある犬らしい生活なんて、もうとっくにどこか行ってしまっていた」
なんて辛い犬生を与えているんだろう…! と悟った瞬間、アンブリットさんは獣医師に最初の自分の決断を撤回する意思を伝えました。

 

「このまま安らかに眠らせてあげてください。私のエゴのためにヴィルマが悲しい生き方をすることないんです」
その後、ヴィルマに注射が打たれ、永遠の眠りにつきました。
「とてもとても静かな死でした。穏やかでした。ああ、やっとあの辛さから解放されたんだって….」

医療モラルの問題

回復の見込みのない犬、猫の医療はどこまで許されるのでしょうか。これは獣医療の世界のみならず、人の医療世界においても同じ問題が存在します。無理して延命治療を行うことは誰にとって幸せなことなのでしょうか?

 

これは医療技術が発達したことによって発生した問題です。
医療技術の発達によってあらゆる手を使って延命治療を行っているうちに行き過ぎてしまうことは家族の気持ちになると理解できないことではありません。誰だって大切な命を助けるためには出来ることはすべてやり尽くしたいと思うはずです。

 

しかし、一度治療を行う前に病気を患った体が悲鳴をあげていることにも耳を傾けるべきではないでしょうか。その先に安楽死があるか、自然死があるか、どちらが家族とペットにとって最善な選択か考えてみてください。

 

 

参考文献

Nilsson E., Tinnie Hellqvist (2010). Ethics in Veterinary Medicine and Veterinary Nursing. SLU Student report 301 
ライター

藤田 りか子

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