もしうちの子が骨折をしてしまったら・・・。ここでは、その子にとってのベストな骨折治療で早期治癒を目指すため、各治療法の特徴や、選択の考え方について、解説します。
手術が必要となる骨折とは?
人間の骨折では手術を必要としない骨折が多いため、ワンちゃんの骨折でもギプス固定で治るイメージを持たれているかもしれません。しかし、ワンちゃんの場合には、手術が必要となることが多く、下記のような条件の場合には、手術が必要となります。
犬の骨折で「手術が必要」となる3つの条件
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条件① 体の中心に近い骨が折れた場合
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条件② 骨折部位が50%以上変位した場合(小型犬の橈尺骨骨折を除く)
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条件③ 中手骨(前足=手の甲)、中足骨(後ろ足の甲)の一部の骨折
この3つの条件のどれかに当てはまる骨折の場合は手術が必要です。それぞれの条件を細かく見ていきましょう。
条件① 体の中心に近い骨が折れた場合
<外固定による治療ができない、体の中心に近い骨>
※「胸椎」の骨折は、一般的に手術で治療しますが、不安定になりすぎていなく、神経症状がなければ、手術をしない場合もあります。
ギプス固定は、骨折した骨の両端にある関節を不動化することにより、はじめてその効果を発揮できます。そのため、
●背骨や腰骨(骨盤)
●上腕骨
●大腿骨
などの体の中心に近い骨は、体の構造上の問題で、近接する関節の不動化が達成できないことからギブス固定による治療はできません。
条件② 骨折部位が50%以上変位した場合(小型犬の「橈尺骨」骨折を除く)
骨は周りを骨膜と呼ばれる膜で覆われており、骨折してもその膜の支えにより、折れた骨の位置が変わらないこともあります。しかし骨折時に骨膜も傷害されると、骨折部位にずれが生じます。骨折した骨の位置が、骨の直径の50%以上ずれて変位した場合には、ギブス固定による治療は禁忌(タブー)とされています。
さらに、小型犬の「橈尺骨」骨折については、骨折による変位が少ない場合でも手術した方が良好な結果が得られます。
写真は、ギプス治療を実施していた症例の骨折直後と3週間後のX線画像です。ギプスによって固定が維持できなかったため、3週間後に大きな変位を示したことで、外科手術を実施しています。
<骨折当日>
<骨折3週間後の画像>
ギプスによって固定が維持できなかったため、大きく骨折部位が変形しています。
条件③中手骨、中足骨の一部の骨折
中手骨(手の甲)や中足骨(足の甲)は、1本だけが折れている場合でも、
第3、第4指であれば体重が多くかかる指であるため手術が適用
となります。これ以外の骨折は、ギブス固定による治療が選択されます。
●手術で治療する骨折部位が多い
アイペット損保のペット保険「うちの子プラス」「うちの子」「うちの子ライト」のご契約に関する2019年1月~2021年12月の保険金請求データより算出した骨折部位別の構成比では、手術が必要な部位の発生がほとんどを占めており、中でも子犬期の橈尺骨骨折がずば抜けて多くなっています。
<犬の骨折治療による保険金請求件数の部位別構成比>
※アイペット損保のペット保険「うちの子プラス」「うちの子」「うちの子ライト」のご契約に関する2019年1月~2021年12月の保険金請求データより算出
※1請求件数は、「通院1日、入院1回」を1件とするもの
ギプスを使った骨折治療の落とし穴
●ギプス固定による皮膚炎
ギプス治療をご経験された方から、「痒い」と聞いたことはありませんか? ギプスはその内部を日常的に綺麗にすることが出来ないため、不衛生な状態が長期間維持されてしまいます。この不衛生な状態は、皮膚炎を引き起こし痒みへとつながります。
<ギプス固定による皮膚炎>
●ギプス内での擦過傷
この他、骨折したワンちゃんは運動制限を理解することが難しいため、少しでも足が使えることが分かると、かなり大胆に使い始めてしまいます。このため、人で使われるギプスよりも取れにくいように装着する必要があります。しかし取れにくくしようとするあまり、締め付けが強くなってしまうことがあります。締め付けはギプス内で擦過傷の原因となり、骨が露出してしまうほどひどくなってしまうことがあります。また、血流が悪くなると、ギプスを装着した部分から先が壊死してしまうこともあります。このように、人間の骨折では日常で目にすることの多いギプスですが、獣医療では手術と同様に高い習熟度の求められる手技と言えるでしょう。
成長期の骨折に潜む、骨変形の危険性
先述の通り、骨折は子犬で多く発生していますが、子犬の骨は成長段階にあり、骨折後も成長します。骨の成長する部位は成長板と呼ばれ、骨の両端に存在しています。骨折のみならず、強い外力が骨にかかると、成長板に影響を及ぼし、成長が止まったり遅くなってしまうことが稀にあります。部分的に成長の遅れが出ることで、結果として「骨変形」と呼ばれる、骨が曲がった状態が引き起こされてしまいます。その結果、関節に負荷がかかり、手術が必要となる関節疾患が引き起こされることがあります。
<骨の両端にある成長板(矢印)>
関節疾患まで至ると、手術しても完全に元の形に戻すことができない場合があります。この場合には、生涯にわたって足の痛みがついて回ってしまうことがあります。また、骨折治療そのものがうまくいっても、骨折した時点で成長板に障害が引き起こされている場合は、骨変形が引き起こされる可能性があるため注意が必要です。このように、強い外力は骨折のみならず、骨変形を引き起こす可能性があるため、冒頭に述べた「愛犬を骨折させてはいけない理由」に繋がっていきます。
<骨変形>
<矯正骨切り術による骨変形の治療>
次に、骨折治療の主な方法を解説します。
最も一般的な骨折治療の「骨プレート法」
現在、骨折治療において最も一般的に選択される方法です。骨折部位を「プレート」と呼ばれる金属の板で固定する手術を行い、骨の機能回復が見込まれる数週間に及ぶ安静の後に、プレートを除去する再手術を行います。
<骨プレート法>
骨折治療の初期目的は、骨機能がなるべく早く全回復できることであるため、手術した時点で骨を安定して固定できる骨プレート法は治療法として理想的であると考えられています。また、骨プレートの場合、治療された動物たちの多くは消毒や包帯交換などの術後管理を必要としません。プレートの素材には、ステンレスとチタンが多く用いられています。ステンレスは強度に、チタンは感染に対する抵抗性に強みがあり、症例に合わせて選択していきます。
非開創でも設置可能な「創外固定法」
この治療法は、設置が容易で、細菌感染を伴う骨折(折れた骨が皮膚の外に出てしまう複雑骨折・開放骨折など)に使用できる特徴があります。連続X線透視装置(Cアーム)を用いることで非開創(=メスで切開しない)でも設置が可能です。このことから、低侵襲手術を実施することが容易です。さらに、他の固定方法との併用がしやすく、多くの骨折に安価な治療方法となる可能性があります。ただし、術後管理が煩雑になることが多く、入院管理が要求されたり、ご自宅での消毒処置や包帯交換が必要になることもあります。
ギプスが代表的な「副子固定法」
ギプスが代表的な方法です。骨折線がずれていない不完全骨折、例えば若木骨折(わかぎこっせつ:ボキっと折れず成長期の若い犬の骨が、若い木のようにしなる骨折)のような骨膜が傷害されていない骨折が、強く予想される場合に用いることができます。
発生率の高い小型犬の橈尺骨骨折の場合では、主に術後の術部保護を目的として使用されています。ただし、ギプス固定による浮腫み、皮膚炎、擦過傷・圧迫痛、潰瘍、関節可動域の異常など複数の合併症が引き起こされる可能性が高く、近年は忌避される傾向があります。
<他院にてギプス装着で治療が失敗した例・ギプス装着直後と2週間後のX線写真>
他の固定方法との併用で補助的に使う「髄内ピン法」
<骨の中心部にピンを通す「髄内ピン法」>
固定強度が低いことや、回転力に対する抵抗ができないため、近年本法を単独で使用することはありません。安価であること、在庫が少なくて良い、抜去が行いやすい、骨膜表面の血流阻害を起こさないなどの利点があり、他の固定方法と併用されることが多い補助的な治療法です。
失われた体の組織を再生することを目指した「再生医療」
「再生医療」は、失われた体の組織を再生することを目指した医療を指します。体を構成する細胞を、本人から、あるいは同種類の動物から採取して、体外で培養して体に戻してあげる技術が獣医療では一般的です。骨折治療では、残念ながら骨組織を大きく失ってしまった場合に考慮されるものの、現時点では主流から外れた治療であると考えられています。将来的に安定した結果をもたらすことができる方法が生み出されることが期待されます。
動物整形外科の専門医・木村太郎先生監修「犬の骨折」記事
第1回:動物整形外科専門医の視点で語る「
第3回:骨折発生! もしかして骨折_ を含めた応急処置と対処法
第4回:動物の整形外科とは?~
第6回:骨折の治療法完全ガイド (本稿)
第7回:⾻折で発⽣する後遺症と合併症
アイペット獣医師による【うちの子 HAPPY PROJECT】の骨折対策
飼い主さんの「あのとき知識があれば防げたのに…」
★「うちの子」の長生きのために、気になるキーワードや、症状や病名で調べることができる、獣医師監修のペットのためのオンライン医療辞典「うちの子おうちの医療事典 」をご利用ください。
例えば、下記のように「骨折の特徴」と似た病気やケガを、
□ 子犬に多い
□ 小型犬に多い
□ 緊急治療が必要
□ 手術費用が高額
□ 長期の治療が必要
□ 予防できる